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立汐祐治郎 : ウィキペディア日本語版
立汐祐治郎[たてしおすけじろう]
立汐祐治郎(たてしおすけじろう、1888年4月2日-1972年11月7日〔http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19120502.htm〕)は、高砂部屋に所属した元力士立汐唯五郎は実弟。本名は長谷川祐治郎。青森県西津軽郡木造町(現つがる市)出身。身長170cm、体重86kg。最高位は西前頭13枚目。
==来歴==
浪ノ音健藏に見出され入門。1906年5月に初土俵を踏み、1910年6月十両昇進した。1911年10月、岐阜県内での巡業中に八甲山純司が締めていた化粧廻しを見て「そんな化粧廻しはみっともないぜ」と言ったのに対し、八甲山は「お前に言われる筋合いはない」と反論されたのに腹を立て、取組で土俵に上がった八甲山に剃刀を手にした立汐は土俵に乱入してその場で八甲山のマゲをつかんで切り落とし、さらに右腕に長さ10㎝の切り傷を負わせるトラブルを起こした。このため破門となり、その後一度は大坂相撲に加入した。復帰後、1912年5月に新入幕を果たし、5場所在位したが、十両、幕下と陥落し1917年1月を以て廃業した。廃業後は愛知県で旅館を経営しながら、相撲を指導した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「立汐祐治郎」の詳細全文を読む




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