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竹内択 : ミニ英和和英辞書
竹内択[たけうち たく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たけ]
 【名詞】 1. bamboo 2. middle (of a three-tier ranking system) 
: [うち]
 【名詞】 1. inside 

竹内択 : ウィキペディア日本語版
竹内択[たけうち たく]

竹内 択(たけうち たく 1987年5月20日 - )は日本スキージャンプ選手。オリンピック2大会(2010年バンクーバー、2014年ソチ日本代表2013年ノルディックスキー世界選手権混合団体戦金メダリスト、ソチオリンピック男子団体銅メダリスト。
== 人物 ==
長野県飯山市スキージャンプで五輪を目指す 竹内択さん21 読売新聞 2008年10月12日〕出身。長野県飯山市立飯山第一中学校を卒業後、2003年からフィンランドに単身留学しフィンランド語を学びながら職業学校に通いつつフィンランド人コーチの指導を受け、日本へ帰国後の2006年から北野建設に所属している〔竹内が北野建設入り/スキー・ジャンプの有望株 四国新聞社 2005年11月23日〕〔。2007-08シーズンよりスキージャンプ・ワールドカップに本格参戦し、2月2日の札幌大倉山大会で8位、翌日は9位と2戦連続一桁順位を記録するなどシーズン総合成績で日本人トップとなる28位になった〔。
2010年バンクーバーオリンピック直前の国内大会ではライバルの湯本史寿より成績は振るわなかった〔代表争い 湯本4位、岡部7位、竹内10位 産経ニュース 2009年1月9日〕がスキージャンプ・ワールドカップでの実績からオリンピック代表に選ばれた〔イケメン竹内が五輪代表!札幌惨敗も海外実績評価 スポーツ報知 2010年1月11日〕。
2011-12シーズンはサマーグランプリで2度の3位を含む総合6位に入り飛躍の兆しを見せる。ワールドカップでは、年末年始のスキージャンプ週間に入るとともに調子を上げ、1月1日のガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会(ドイツ)で4位入賞、4日のインスブルック大会(オーストリア)において3位入賞と、初めてワールドカップの表彰台に登った〔竹内択3位 W杯初の表彰台/ジャンプ週間第3戦 スポーツニッポン2011年1月5日〕。シーズン個人総合成績でも自己最高の13位となる。
2012-13シーズンはサマーグランプリのアルマトイ大会で優勝。ワールドカップでも開幕からシングルを度々記録するなど好調で、2月13日にドイツクリンゲンタールで開催されたワールドカップで自己最高の2位〔竹内、自己最高の2位 W杯ジャンプ個人 日本経済新聞 2013年2月14日閲覧〕。同月、ヴァル・ディ・フィエンメ(イタリア)で開催された世界選手権ではノーマルヒルで7位入賞。続いて伊藤有希高梨沙羅伊東大貴とともに出場した男女混合団体ノーマルヒルで4番手を務め、飛距離は1本目100.5m、2本目101.5mと2本ともグループ内で最長不倒、得点も男子選手の中で最高点を出す活躍で日本を優勝に導いた〔沙羅やった!混合団体で金メダル/スキー 日刊スポーツ 2013年2月25日閲覧〕。
ソチオリンピックのシーズンとなった2013-14シーズンは、ワールドカップ開幕から欧州を転戦して個人戦で4戦連続一桁順位、その内第3戦リレハンメル大会で2位になるなど好調だったが、12月末に体調を崩し、2014年1月4日のスキージャンプ週間第3戦インスブルック大会に出場した後、緊急帰国して一時入院したが、懸命な治療を受けて退院し、1月下旬のワールドカップ札幌大会で戦線に復帰した〔竹内22日退院 3週間ぶり戦列復帰 日刊スポーツ 2014年1月25日閲覧〕。ソチオリンピックでは個人ノーマルヒル24位、個人ラージヒル13位となり、2月17日に清水礼留飛伊東大貴葛西紀明とともに出場したラージヒル団体戦では二番手を務め、追い風が吹く中1本目は127m、2本目は130mとまとめて、銅メダル獲得に貢献した〔ソチ五輪ジャンプ:男子団体 長野以来の表彰台 追い風に負けず四重奏 毎日新聞2014年2月18日〕〔日本が銅メダル獲得/ジャンプ団体詳細 日刊スポーツ 2014年2月18日閲覧〕。競技終了後の記者会見にて自らが好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群)に罹患しており、闘病中であることを公表した〔竹内 難病と闘っていた「元気を届けたいという思いで飛んだ」 スポーツニッポン 2014年2月18日閲覧〕。
2014-15シーズンは、サマージャンプグランプリのアルマトイ大会で2年ぶりの優勝。総合でも3位に入った。ワールドカップの開幕戦は13位。その後何度も10位台は記録したものの、なかなかトップ10に入れなかったが、2月14日のビケルスン大会でシーズン初めて9位となる。21日にファールンで行われた世界選手権ノーマルヒル個人では日本勢最高の5位入賞。W杯は3月10日のクオピオ大会5位が最高。
2015-16シーズンは1月30日の札幌大会で8位。シーズン後半になって調子をあげ、得意のノーマルヒルで行われた2月21日ラハティ大会で3位に入り、2シーズンぶりに表彰台を獲得。次戦より3戦連続でトップ10入り。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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