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竹田津 鎮満(たけだつ しげみつ、? - 慶長5年(1600年))は戦国時代の武将〔『戦国人名事典』(阿部猛、西村圭子編)483頁〕。通称は形部少輔、志摩守、一木〔。大友氏の家臣〔。国東郡竹田津城城主〔。 == 人物 == 大蔵氏流日田氏流を称する竹田津氏の出身。 永禄12年(1569年)、鎮満は毛利元就との合戦に吉弘鑑理に従って出陣した〔。天正10年(1582年)に秋月種実・高橋元種が豊前国へ侵入してくると、大友義統の命令で田原親家(大友親家)に従って佐野城(宇佐郡)を陥落させた〔。その後、岐部一達・臼杵鎮定とともに義統の側近として抜擢された〔。義統が文禄の役に出陣している間、鎮満は豊後に留まり尊寿院の警護を担当した〔。義統が敵前逃走を理由に改易され、水戸へ流されると鎮満もこれに従った〔。慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いで西軍に属した義統に従い豊後に下り、石垣原の戦いで討ち死にを遂げた〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「竹田津鎮満」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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