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第3503船団 : ミニ英和和英辞書
第3503船団[だい3503せんだん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [だい]
 (n,pref) ordinal
: [ふね]
 【名詞】 1. ship 2. boat 3. watercraft 4. shipping 5. vessel 6. steamship 
船団 : [せんだん]
 (n) (naval) fleet
: [だん]
 【名詞】 1. body 2. group 3. party 4. company 5. troupe

第3503船団 : ウィキペディア日本語版
第3503船団[だい3503せんだん]

第3503船団(だい3503せんだん)は、太平洋戦争中の1944年5月3日横浜沖からサイパン島へ出発した、日本の護送船団である。マリアナ諸島パラオへ増援部隊や軍需物資などを輸送する任務を負っていた。サイパンまで軽い損害でたどり着いたが、その先さらにパラオに向かった輸送船はアメリカ海軍潜水艦の攻撃で全滅した。なお、船団命名方式の性質上、同一名の船団が別の年にも運航されている可能性があるが〔岩重(2011年)、71頁。〕、本項では1944年の船団を扱う。
== 背景 ==

1944年(昭和19年)に入りクェゼリンの戦いエニウェトクの戦いと中部太平洋方面でのアメリカ軍の反攻が本格化してくると、日本軍は、名目だけで防備が手薄なままだった絶対国防圏の守備固めにあわてて取りかかった。マリアナ諸島やカロリン諸島に対する重要増援部隊の緊急派遣が松輸送の名の下で展開されたが、松輸送には含まれない通常船団によっても、増援部隊や軍需物資の輸送が急ピッチで進められることになった。
第3503船団も、こうしたマリアナ諸島やパラオへの増援輸送船を組み込まれた通常船団として編成された。参加輸送船は14隻で第3503船団としての目的地はサイパン、ただし2隻はグアム、4隻はパラオを最終目的地としてさらに分離航海を続ける予定だった〔駒宮(1987年)、171頁。〕。パラオ行きの船には、関東軍から抽出した第9派遣隊(第24歩兵団・独立守備歩兵第12大隊・第14大隊・第28大隊基幹)や第14師団の後続部隊などが乗船していた〔防衛庁防衛研修所戦史室(1967年)、395-396頁。〕。護衛は横須賀鎮守府指揮下で編成した丁直接護衛部隊の駆逐艦2隻・水雷艇1隻・海防艦2隻・駆潜艇4隻が主に担当し、「朝凪」乗艦の第2護衛船団司令部(司令官:清田孝彦少将)が指揮を執った。船団名は横須賀鎮守府の命名方式に基づくもので、千の位の「3」が横須賀発サイパン行き航路、下3けたの「503」は5月3日出航を意味する〔。
アメリカ海軍は、サイパンの攻略作戦に向けて、潜水艦をマリアナ諸島周辺に展開させて日本のシーレーンを攻撃していた。アメリカ潜水艦は、開戦から魚雷の不調に悩まされてきたが、1943年(昭和18年)末頃には魚雷の改良により成果を上げ始めていた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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