翻訳と辞書
Words near each other
・ 第79回選抜高等学校野球大会
・ 第79回都市対抗野球大会
・ 第79回都市対抗野球大会予選
・ 第79師団 (日本軍)
・ 第7SS義勇山岳師団
・ 第7「ガリシア」空中機動軽歩兵旅団
・ 第7の男
・ 第7アルパイン猟兵大隊 (フランス軍)
・ 第7アルピーヌ猟兵大隊 (フランス軍)
・ 第7アルペン猟兵大隊 (フランス軍)
第7クラウディア・ピア・フィデリス軍団
・ 第7サティアン建設事件
・ 第7ミシガン義勇騎兵連隊
・ 第7代総選挙 (大韓民国)
・ 第7偵察隊
・ 第7周期の元素
・ 第7周期元素
・ 第7回AAAアジア野球選手権大会
・ 第7回AAAアジア野球選手権大会日本代表
・ 第7回JBCクラシック


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

第7クラウディア・ピア・フィデリス軍団 : ミニ英和和英辞書
第7クラウディア・ピア・フィデリス軍団[だい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [だい]
 (n,pref) ordinal
: [ぐん]
  1. (n,n-suf) army 2. force 3. troops 
軍団 : [ぐんだん]
 【名詞】 1. army corps 
: [だん]
 【名詞】 1. body 2. group 3. party 4. company 5. troupe

第7クラウディア・ピア・フィデリス軍団 ( リダイレクト:第7軍団クラウディア・ピア・フィデリス ) : ウィキペディア日本語版
第7軍団クラウディア・ピア・フィデリス[だい7ぐんだんくらうでぃあぴあふぃでりす]

第7軍団クラウディア・ピア・フィデリス)はローマ軍団のひとつ。創設初期にはパテルナと呼ばれ、一時期はマケドニカとも呼ばれた。数あるローマ軍の中でも古参の軍団のひとつで、ガリア戦争前にガイウス・ユリウス・カエサルによって創設され4世紀末期まで存続した。カエサル創設の軍団と同じく紋章は牡牛、そしてライオン。'')はローマ軍団のひとつ。創設初期にはパテルナと呼ばれ、一時期はマケドニカとも呼ばれた。数あるローマ軍の中でも古参の軍団のひとつで、ガリア戦争前にガイウス・ユリウス・カエサルによって創設され4世紀末期まで存続した。カエサル創設の軍団と同じく紋章は牡牛、そしてライオン。
== 軍歴 ==

=== 共和政末期 ===
軍団はユリウス・カエサルがガリアへ進出した際(ガリア戦争)には存在しており、カエサルの部下のプブリウス・リキニウス・クラッスス(三頭政治の同僚クラッススの息子)のもとで活躍したものと思われる。カエサルのもとで、紀元前55年からのブリタンニア侵攻にも従軍、ウェルキンゲトリクスが歴史の舞台に登場した時はルテティア(現:パリ)近郊で戦っており、アレシアの戦いにも参加した。
カエサル派とグナエウス・ポンペイウス元老院派との内戦ではカエサル派として軍団はヒスパニアへと転戦、紀元前48年デュッラキウムの戦いに従軍、とくに続いてのファルサルスの戦いでは重要な功績を挙げた。戦後軍団は解散、軍団兵は退役となったが、紀元前46年には再び結束してカエサルのアフリカ遠征に助力した。功績により軍団兵たちはカプアルッカの土地を譲り受けるが、紀元前44年にカエサルが暗殺されると第7軍団に所属するベテランの多くがカエサルの後継者オクタウィアヌスの指揮下に入り、第7軍団は再び編成される。その際には「パテルナ」(=「古参の者」の意)という名で呼ばれていたらしい。そして紀元前43年ムティナの戦い紀元前42年フィリッピの戦いに参戦した。
その後もオクタウィアヌスの指揮のもと紀元前36年には(おそらくシチリア島を占拠したポンペイウスの息子セクストゥス・ポンペイウスとの戦いのためだろうと思われるが)ガリア南部に転戦する。その後のオクタウィアヌスとマルクス・アントニウスは対立の中で第7軍団はアクティウムの海戦にも参戦していた可能性も指摘されている。戦後はマウレタニアに駐在となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「第7軍団クラウディア・ピア・フィデリス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Legio VII Claudia 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.