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第8期本因坊戦(だい8きほんいんぼうせん) 本因坊戦第8期は、第7期終了後の1952年(昭和27年)に開始され、1953年5月からの本因坊高川秀格)と挑戦者の木谷實八段による七番勝負で、高川が4勝2敗で本因坊位を初防衛、2連覇した。 ==開催の経緯== 第8期開始にあたって、出場資格のある五段以上の棋士のうち、関西棋院独立後の新昇段棋士3名(刈谷啓、青柳秀雄、松浦要)の段位を認めるかどうかが問題となったが、日本棋院の3名の五段棋士との対局を行うこととなり、関西棋院側3名ともこれに勝ちを収めた。この後1952年11月に一次予選を開開始された。 また持時間について、従来は希望があれな3時間増やせるという規定だったが、毎日新聞から日本棋院渉外理事の高川への申し入れで、10時間二日打切りに固定となった。 挑戦者が木谷實に決まった後、毎日新聞で結果予想を募集したところ、回答4千通のうち、木谷勝ちが2600、高川勝ちが1400だった。また『棋道』の予想座談会では、当時非力と言われていた高川について、前田陳爾がここ一番での勝負強さを指摘して「タヌキ」と呼び、これは後々まで高川のニックネームになった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「第8期本因坊戦」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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