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『仮面ライダー (スカイライダー) 』(かめんライダー スカイライダー)は、1979年(昭和54年)10月5日から1980年(昭和55年)10月10日にかけてTBS系で毎週金曜19時00分から19時30分(JST)に放映された毎日放送、東映制作の特撮テレビドラマ作品、および作中で主人公が変身するヒーローの名称である。「仮面ライダーシリーズ」第6作である。 本作の正式な番組タイトルはシリーズ第1作と同じ『仮面ライダー』(ロゴはオリジナルに一新)であるが、本放送当時より新聞のラテ欄・文献・その他においては第1作目との識別を容易にする目的で、『仮面ライダー(新)』・『仮面ライダー(スカイライダー)』など、カッコ部分を加えた表記が通例的に用いられている〔ファミリー劇場などでは『新・仮面ライダー』、東映チャンネルにおいては「仮面ライダー スカイライダー」と表記することもある。〕。本項では『仮面ライダー(スカイライダー)』表記で統一している。 == 概要 == 「仮面ライダー」シリーズは1975年の『仮面ライダーストロンガー』で一度完結したが、1970年代末のSFブームの中で、歴代の日本製特撮ヒーローが子供から大人まで幅広いファンの注目を集めるようになる。その流れの中で登場した新しい「仮面ライダー」が本作である。 基本的に初代の『仮面ライダー』から大きなスタッフ変更はない。 制作は『ストロンガー』までのシリーズと同じ東映と毎日放送で、スタッフについてもプロデューサーに平山亨、監督に本作を監督するために同時期の『バトルフィーバーJ』を離脱した山田稔、音楽に菊池俊輔、メイン脚本家に伊上勝、殺陣は大野剣友会、ナレーションは中江真司と、これまでのシリーズを支えてきた顔ぶれが揃っている。平山サイド〔ホビージャパンMOOK「宇宙船別冊 仮面ライダー怪人大画報」(ホビージャパン・2007年)P94。〕からの「ライダーのスーツアクターは大野剣友会の中屋敷鉄也(現:中屋敷哲也)で」との要望を酌み、技斗(殺陣師)にはこれまでのシリーズでスーツアクターと技斗を担当していた岡田勝を迎えた。スーツアクターの中屋敷はライダーマンを除いた仮面ライダー1号からストロンガーまでのすべての経験を持っている〔次作『仮面ライダースーパー1』も担当することになる。〕。美術はエキスプロダクションの高橋章、キャラクター造形はエキスプロを退社した三上陸男が立ち上げたコスモプロダクションが担当した。 主役に関しては東映主催による一般公募形式のオーディションが開催され、3000人以上の応募者の中から新人の村上弘明が選ばれた。このオーディションの告知ポスターには、石ノ森章太郎の筆によるアイキャッチやサウンドトラックのジャケットに使用されたものと同じ、ライダーブレイクのイメージ画と「英雄(ヒーロー)は、誰だ」というキャッチコピーがあしらわれていた。 主役オーディションと同時にヒロイン3役のオーディションも開催され、応募者2010名の中から2名が選ばれたが叶みどり役は該当者なしとなり、養成所の推薦により田中功子が起用された。 また、放送開始1ヵ月前の1979年9月8日に、本作を記念したスペシャル番組『不滅の仮面ライダースペシャル』がオンエアされた。 撮影所は『ストロンガー』までの拠点であった東映生田スタジオが前年に撤退したため、東映東京撮影所が制作拠点となった。ロケ地も以前は生田スタジオがあった川崎市北部が中心となっていたが、本作品からは関越自動車道沿いの埼玉県南西部が中心となった〔。アクションの撮影は、生田時代は赤土の多い三栄土木を用いていたが、本作品以降は石の多い場所であったため、岡田勝はロケ場所探しが難しかったと述べている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「仮面ライダー (スカイライダー)」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Kamen Rider (Skyrider) 」があります。 スポンサード リンク
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