翻訳と辞書
Words near each other
・ 粟田 (野々市市)
・ 粟田丸 (特設巡洋艦)
・ 粟田人上
・ 粟田口
・ 粟田口久国
・ 粟田口吉光
・ 粟田口国綱
・ 粟田口忠良
・ 粟田口良教
・ 粟田哲夫
粟田大燈呂
・ 粟田女王
・ 粟田小学校
・ 粟田川
・ 粟田川 (徳島県)
・ 粟田彰常
・ 粟田御所
・ 粟田成良
・ 粟田教能
・ 粟田真人


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

粟田大燈呂 : ミニ英和和英辞書
粟田大燈呂[あわただいとうろ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [あわ]
 (n) millet
: [た]
 【名詞】 1. rice field 

粟田大燈呂 : ウィキペディア日本語版
粟田大燈呂[あわただいとうろ]

粟田大燈呂(あわただいとうろ)とは、京都府京都市東山区粟田口鍛冶町にある粟田神社の祭事である粟田祭(あわたまつり)の風流行列〔。青森県ねぶたのルーツとも云われている。
== 沿革 ==
青蓮院文書「華頂要略」に記されている「夜渡り神事」の下りによると、「年毎の祭礼に・・・供奉(ぐぶ)に氏人 灯籠をともして、神輿に先行すること数百。さまざまの造り物ありて衆人の目を驚かすにより、貴賎群集することおびただし。誠に一大壮観なり」と書かれている。祭りに大灯籠が加わった時期は不明だが、戦国時代の公卿山科言継の日記である「言継卿記」の永禄10年7月24日(ユリウス暦1567年8月28日)には、「粟田口の風流が吉田へ向かうということを聞きましたので、夕方に吉田へ向かいました。大きな灯呂が二十あり、その大きさはおよそ二間(3.6m)四方もあり、前代未聞のことで大変驚いた (粟田神社口語訳)」と、粟田周辺の風流行列に大灯籠が出ていた事などが描かれている。
しかしその後、大勢の見物人が殺到し、けが人が続出した為、この風流行列は中止になったとされる。この神事が途絶えたのは少なくとも天保3年(1832年)以前と言われており、それ以来大灯籠を見たという者はおらず、また図版も残っていない。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「粟田大燈呂」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.