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糸脈(いとみゃく)は、明治時代に近代医学を導入する以前に日本で行なわれたとされる診察法。その体に直接触れることが許されない高貴な人を医師が診察する際、脈を見るためにその人の手首に糸を巻き、医師は離れた所で糸を伝わって来る脈を感じ取ったというもの。もとは中国から伝わったともされるが文献資料は少なく、医学史家の間では、一般的にそのような診察法の存在については否定的である。 == 背景 == 近代以前の日本では医師の社会的地位は低く〔典薬寮は継続して設置されていたが、公式に医師を認定する制度がなかったので、その知識・技術・倫理は師弟関係を通して継承されるばかりでなく、全くの素人が糊口をしのぐために医者の看板を掲げる事が稀ではなかった。赤穂浪士の中で、江戸詰であった年配の者は医者になって時を稼いでいた。〕、一方身分制度は強力に機能していたので、医師が高貴な人々を診察・治療する場合において様々な制限が課されるのは珍しくなかった。医師の身分は低かったので、将軍や皇族などの侍医でさえ、平伏して決して顔を上げずに脈をうかがった。 場合によっては医師の診察を忌避する事もあり、実際に、江戸時代に長崎のオランダ商館付きの医師として来日したスウェーデン人のツンベルク 〔(1743年 - 1828年)医師、博物学者。スウェーデン語は日本人になじみがなく、その正確な発音も知られていないので、彼の名前もツンベリー、テュンベリー、ツュンベルクなど幾つかの表記がある。〕(Carl Peter Thunberg)がその状況を記録している。将軍に謁見する商館長に随行して江戸に行ったツンベルクは、幕府の役人から、時の将軍徳川家治の養女と思われる非常な高位の病人の治療を求められた。しかし患者に接するどころかその姿を見る事も許可されず、役人たちは治療に必要な情報も公にしなかった。そこで彼は将軍の侍医らから情報を収集し、ようやく治療しえたという〔今泉源吉『蘭学の家‐桂川の人々』〕。 こうした、医師に対する蔑みの念が、糸を用いて脈を取るという、実際にはできそうもない診察法を医師が強要される話として伝えられたかと考えられる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「糸脈」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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