翻訳と辞書
Words near each other
・ 紀州家本源氏物語
・ 紀州弁
・ 紀州征伐
・ 紀州御殿
・ 紀州徳川家
・ 紀州徳川氏
・ 紀州德川家
・ 紀州攻め
・ 紀州新報
・ 紀州新聞
紀州東照宮
・ 紀州歴史物語号
・ 紀州漆器
・ 紀州犬
・ 紀州藩
・ 紀州藩主徳川家墓所
・ 紀州街道
・ 紀州製紙
・ 紀州路快速
・ 紀州路快速 (列車)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

紀州東照宮 : ミニ英和和英辞書
紀州東照宮[きしゅうとうしょうぐう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [す, しゅう]
 (n) sandbank
: [ひがし]
 【名詞】 1. east 
東照宮 : [とうしょうぐう]
 (n) Toshogu Shrine

紀州東照宮 : ウィキペディア日本語版
紀州東照宮[きしゅうとうしょうぐう]

紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)は、和歌山県和歌山市和歌浦に鎮座する神社江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現紀州藩初代藩主徳川頼宣を神格化した南龍大神を祀る。
== 歴史 ==
元和7年(1621年)に徳川家康の十男である紀州藩祖・徳川頼宣により南海道の総鎮護として創建され、関西の日光とも称される。本殿は伝・左甚五郎作の彫刻や狩野探幽作の襖絵がある。
東照宮は、雑賀山に位置する。雑賀山は和歌浦湾の入り江を眼下に納め、右手には天橋立のような片男波の砂嘴が延び、左手には北岸をみるまさに「扇の要」の位置である。西には天満宮が、東には玉津嶋神社が位置する。
元和5年紀州初代藩主として入国した徳川頼宣(1602~71)により、東照大権現を祀る東照社として建立された。頼宣の紀州入国とともに計画され、元和6年(1619)起工、元和7年(1620)に竣工・遷宮式が行われた。『紀伊続風土記』によれば、境内は方八町で、宮山周囲50町余りであった。現在は頼宣も合祀している。かつての別当寺天曜寺
東照宮の例祭は、元和8年に趣向を凝らした絢爛豪華な風流(ふりゅう)の祭りとして創始されているが、江戸時代には、国中第一の大祭であった。諸国から多数の見物人がきたという。明治以降も和歌祭りと呼ばれて、大勢の観衆を集め、親しまれた。近年復興されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「紀州東照宮」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.