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細川頼範 : ミニ英和和英辞書
細川頼範[はん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [はん]
 【名詞】 1. example 2. model 

細川頼範 ( リダイレクト:細川元勝 ) : ウィキペディア日本語版
細川元勝[ほそかわ もとかつ]
細川 元勝(ほそかわ もとかつ、永禄4年(1561年) - 寛永5年(1628年))は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将細川氏の嫡流である京兆家当主。幼名六郎。別名に頼範(よりのり)。官位は讃岐守、侍従従四位下。細川昭元の子、母は織田信長の妹お犬の方
== 生涯 ==
永禄4年(1561年)、管領家で丹波守護細川昭元(のち信良に改名)の子として誕生。父から細川京兆家通字でもある「元」の字を与えられて元勝と名乗る。
大坂で豊臣秀頼に近侍し、小姓頭として5,000石を拝していたという(別名頼範の「頼」の字も秀頼から偏諱を賜ったものとされる)。
但馬守護山名堯熙の嫡男である山名堯政と親しい間柄にあった。大坂の陣では豊臣氏の親軍として戦うが、戦後は織田家などの親族の徳川家への進言により助命され、始めは細川家と縁の深い京都竜安寺に蟄居した。
その後、姉妹の円光院が秋田実季に嫁いでいた縁で、常陸宍戸藩秋田氏に客将として迎えられた〔三春町) ">細川京兆家|Web資料館|三春町歴史民俗資料館(三春町〕。
寛永5年(1628年)に死去。なお、長男の義元(よしもと)は秋田氏が移封された陸奥三春藩に仕え、家老である年寄衆より上席として、大老または城代として代々重職を勤めた。次男の元明(もとあき)の系統も藩の重職として仕えた(桜谷細川氏)。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「細川元勝」の詳細全文を読む




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