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細郷道一[さいごう みちかず]
細郷 道一(さいごう みちかず、1915年11月25日 - 1990年2月15日)は、日本の政治家、内務官僚。神奈川県横浜市長(3期)、自治事務次官を歴任した。 == 概要 == 横浜市出身。東京府立一中、一高、東京帝国大学法学部卒業後、1942年旧内務省に入省。第二次世界大戦敗戦後は自治省に勤務し、1969年に自治事務次官、横浜駅東口開発公社理事長、公営企業金融公庫総裁を務める。 1978年、飛鳥田一雄市長の辞任に伴う横浜市長選挙に公明党、民社党、新自由クラブ、自民党、社民連、社会党推薦で出馬し、初当選を果たした。横浜市長就任後は飛鳥田前市長が計画した横浜みなとみらい21事業をはじめ、港北ニュータウン、横浜市営地下鉄、金沢地区埋め立て事業、横浜ベイブリッジの建設等、いわゆる「横浜市六大事業」の完成に尽力した。飛鳥田が社会党出身の革新市長の代表格であったのに対し、元高級官僚である保守系市長の細郷はみなとみらい21の土地区画整理事業の住宅・都市整備公団(現:都市再生機構)による実施やみなとみらい21への高木文雄の参画等、政府から予算や人脈を誘引し、事業の実施・完成に向けた環境の整備で実績を上げた。1982年再選、1986年3選。1989年11月右足付け根のリンパ節にはれが見つかり東大病院に入院、治療が長引く見通しとなったことから1990年の市長選に出馬しない意向を表明した。同年2月15日、心不全のため74歳で死去。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「細郷道一」の詳細全文を読む
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