|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 経 : [けい, たていと] (n) (weaving) warp ・ 経済 : [けいざい] 1. (n,vs) economics 2. business 3. finance 4. economy ・ 経済協力 : [けいざいきょうりょく] (n) economic cooperation ・ 済 : [すみ] 【名詞】 1. arranged 2. taken care of 3. settled ・ 協 : [きょう] 1. (n-suf,n-pref) cooperation ・ 力 : [ちから, りょく] 1. (n-suf) strength 2. power ・ 局 : [きょく, つぼね] 【名詞】 1. court lady 2. lady-in-waiting
経済協力局(けいざいきょうりょくきょく、Economic Cooperation Administration)とは、第二次世界大戦直後のアメリカ合衆国の対外援助実務を担当した機関である。1948年4月に大統領の直属機関として設置され、1951年12月まで活動した。略称はECA(イーシーエー)。 == 設置 == 1947年6月5日、米国国務長官ジョージ・マーシャルはハーヴァード大学の学位授与式に出席し、記念講演を行った。この講演の中でマーシャルは、第二次世界大戦で被災した欧州に対し、米国は復興援助を供与する用意があると表明した(マーシャル・プラン)〔「米対欧策転換 大陸全体を援助 マ長官重大演説」、1947年6月7日付毎日新聞(大阪)1面(ケンブリッジ市(マサチュセッツ州)5日発ロイター=共同)。〕。以後米国は、援助のあり方について検討を続けた。 第26回特別議会最終日の12月19日、トルーマン大統領は特別教書を議会に提出し、1948年4月1日から1952年6月30日までの4年3か月間に、西欧16か国〔16か国とは、「欧州経済協力委員会 (CEEC) 」に参加した以下の諸国である。 イギリス、フランス、オーストリア、ベルギー、デンマーク、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スイス、トルコ。〕に170億ドルを供与するよう要求すると共に、援助の実施機関として「経済協力局 (ECA) 」を設置する提案を行った〔Truman 1956, p. 117-118(邦訳:99頁). 演説の原文はトルーマン図書館内資料 を、邦訳はウィキソースを参照。〕。 援助法案は4月3日に「1948年対外援助法 (Foreign Assistance Act of 1948) 」として成立した〔「ソ連進出の“防波堤” 対外援助法成立す 米大統領 署名・きょう発足」、1948年4月5日付朝日新聞(東京)1面(ワシントンにてハイタワー特派員3日発=AP特約)。〕。ECAはその3日後に設置された〔島田(1949年)、149頁。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「経済協力局」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|