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統一左翼(とういつさよく、スペイン語:)はスペイン共産党(PCE)を中核とする政党連合の名称で、非・社会労働党(PSOE)系左翼勢力が結集して結成された。現在の代表(職名:coordinador general)はカジョ・ララ〔Coordinador Federal de Izquierda Unida 〕(PCE)。 == 沿革 == 1985年に行われたNATO(北大西洋条約機構)残留を問う国民投票における反対運動に参加したPCEやPSOE内反主流派、経済学者ラモン・タマネス(Ramón Tamames)の進歩同盟(FR)、共和主義左翼(IR)などが結集して1986年4月に結成。結成直後に行われた下院選挙では7議席を獲得した。 ゴンサーレス政権(PSOE)の経済社会政策に反対するため1988年12月14日に行われたゼネストでIUへの支持が高まる中、1989年2月にIU創設大会が開催された。大会でIUは「政治的・社会運動」として規定され、実質的な指導者にあたるコーディネーターにはPCE書記長のフリオ・アンギータが選出された。また同年10月に行われた下院選挙では9%の得票で17議席を獲得、それまでの退潮傾向に歯止めをかけることに成功した。 1991年12月に行われたPCE第13回党大会においてIUの政党化について議論がなされたが、アンギータ書記長がそれに反対したため見送られた。その後、IUは1993年下院選挙や94年欧州議会選挙、96年下院選挙にて得票と議席を前進させたが、2000年3月下院選挙では国民党圧勝のあおりを受けて20議席から8議席に激減させた。以降の選挙でも党勢は低迷し、2008年3月の下院選挙では5議席から2議席に減らし過去最低の結果となった〔スペイン与党勝利/総選挙 イラク撤退・福祉を評価 -しんぶん赤旗2008年3月11日付〕。ガスパル・リャマサレス代表は11月に辞任、12月のIU連邦政治評議会にてカヨ・ララが55%の支持を得て新代表となった。 2011年11月、国会議員の任期を前倒しする形で行われた総選挙においては共和主義左翼、アラゴン主義連合(CHA)、カタルーニャ緑のためのイニシアティブ(ICV)、バツァーレ(Batzarre)などと選挙連合ラ・イスキエルダ・プルラル(La Izquierda Plural)を結成して臨み、選挙連合全体で11議席〔議席の内訳は統一左翼(IU)が8、カタルーニャ緑のためのイニシアティブ(ICV)が2、アラゴン主義連合(CHA)が1。〕、統一左翼としては前回選挙を大きく上回る8議席〔議席の内訳はスペイン共産党(PCE)が5、が1、が1、が1(を通じて)〕を獲得し、躍進した。また得票でも71万余増やし、政権奪回を確実にした国民党が増やした得票55万余を上回る結果となった。この結果についてIU関係者は「社会労働党に失望し左翼に期待する人が統一左翼に投票した」と説明。同時に格差是正を求める「5月15日運動」〔スペインにおける格差拡大への抗議と是正を求める運動の総称で、5月15日の大規模デモをきっかけに拡大し、マスメディアが「5月15日運動」と名付けたことから、名称が定着するようになった。出典:「二大政党政治に挑む スペイン社会運動 上」しんぶん赤旗2011年11月30日7面〕参加者からも統一左翼に投票した人が生まれたことも語った。なおアンダルシアでは「5月15日運動」関係者の一人が統一左翼から立候補して当選を果たしている〔「二大政党政治に挑む スペイン社会運動 中」しんぶん赤旗2011年12月1日6面〕。 スペインで最も多い人口を有している南部のアンダルシア自治州にて2012年3月に行われた州議会選挙で12議席を獲得、選挙前より議席を倍増させた。国政与党である国民党は、第1党にはなったものの目標としていた過半数を得ることはできなかった。結果を受け、カヨ・ララIU代表は地元テレビ局のテレビ番組で「住民の多くは左翼による変化を望んだ。彼らは、欧州社会モデルや機会の均等を守る方向での変化を望んでいる」と述べた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「統一左翼 (スペイン)」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 United Left (Spain) 」があります。 スポンサード リンク
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