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『義男の青春』(よしおのせいしゅん)は、つげ義春による日本の漫画作品。売込みに失敗し紆余曲折の後、最終的には1974年(昭和49年)11月に『漫画サンデー』(実業之日本社)に3回に分けて掲載された全77頁からなるつげにしては珍しい長編作品〔 『つげ義春漫画術』(上・下)(つげ義春、権藤晋著 1993年ワイズ出版)ISBN 4-948-73519-1〕。 == 解説 == 注文もなくコツコツ描き始めた作品で、当時つげは将来を心配し、妻の勧めもあり喫茶店を始める予定で1974年9月に杉並区荻窪に引っ越しているが、その前頃に『枯野の宿』とともに描きあげた。70頁を超える長編であり、1回での掲載は不可能であることを承知しながら特に発表するつもりもなく描いた。当時の荻窪は地下鉄丸ノ内線の駅を中心とした町で、青梅街道は商業地としてにぎわっていたが、一歩入ると閑静な住宅街で井伏鱒二など文人やインテリが好んだ町であった。原稿ができあがったころに偶然石子順造から電話が入り、事情を察した石子が自ら評論家として編集者につながりを持っていた双葉社へ売り込んだ。元々つげ自身、双葉社へは『蟹』を描いたり、漫画全集も発刊されており、つながりはあったのだが、石子が間に入る形になった。石子は口を利いただけで、つげは直接編集者と会ったが、内容が活劇でもないし、地味だなどと言われ断られる。当時すでに『リアリズムの宿』、『枯野の宿』を発表した『漫画ストーリー』は廃刊しており、『漫画アクション』しか発表の場が残されていない状況だったが、『漫画アクション』では『子連れ狼』やバロン吉元、モンキー・パンチなどが人気があり、編集者も石子順造の漫画論とは逆方向で成功していたため、3分割なら採用するけど…などと遠回しに断られる。こうした状況で、もはや漫画で食べていく自信がなくなり、喫茶店開業に気持ちが傾く〔。 荻窪への引越し後に、水木しげるに噂を聞いた『漫画サンデー』の編集者がつげの元を訪ねてくる。編集者は3分割にはするが、描き直しは必要ではなく、それぞれに扉絵さえ描いてもらえばいいという条件で、元々が依頼されたわけではない作品であることもあり、原稿料は7000円(1ページ)と安く、足元を見られた。ちなみに『大場電気鍍金工業所』では双葉社に1ページ15,000円という、当時としては破格の原稿料を提示された(ヤングコミックも同額)。つげはあまりの高額に、後々仕事が来なくなるのではと心配し、自ら申し出て10,000円に下げてもらったほどであった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「義男の青春」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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