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芦沢 真矢(あしざわ しんや、1958年1月1日 - )は、山梨県中巨摩郡櫛形町出身の元プロ野球選手(捕手)。選手時代の登録名は「芦沢 優」(あしざわ まさる)。 == 来歴・人物 == 巨摩高では、四番打者、捕手として夏の甲子園予選北関東大会決勝に進出。群馬の強豪である樹徳高を破り、高校初の甲子園出場を果たす。しかし選手権大会では2回戦(初戦)で三重高に敗退〔「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年〕。 同年のドラフト5位でヤクルトスワローズに入団。に一軍に上がり、同年は6試合に先発マスクを被る。その後も大矢明彦の控えとして起用されるが、には大矢の衰えや、二番手捕手であった八重樫幸雄の不振もあって30試合に先発出場を果たす。からは正捕手に定着した八重樫の控えとなるが、には秦真司が台頭、出場機会が減り限りで現役引退。 その後は広島東洋カープのブルペン捕手を経て、一軍バッテリーコーチ補佐( - )、二軍コーチ補佐( - )、一軍コーチ補佐()、一軍ブルペンコーチ( - )を歴任。からまでは家族を広島に残し、台湾大聯盟所属の台中金剛でコーチを務めた。 帰国後は郷里の山梨で仕事を転々としていたが、、四国アイランドリーグの香川オリーブガイナーズ初代監督に就任。にはチームを優勝へと導いたが、同シーズン限りで監督を退任。その後は同球団のチームアドバイザーとなり、には新たに発足した北信越BCリーグの石川ミリオンスターズ運営部長も兼任した。2007年のシーズンはこの2つのチームがそれぞれのリーグで優勝を果たし、グランドチャンピオンシップを争う形になったが、芦沢は石川の運営部長として参加した(結果は香川が優勝)。 、BCリーグの新潟アルビレックス・ベースボール・クラブの監督に就任し、2年ぶりに現場に復帰。2008年7月12日、前年最下位のチームを上信越地区の前期優勝に導き、改めて指導力を示した。後期は地区2位。後期優勝の群馬と対戦した地区優勝決定シリーズは2連敗し、年間プレーオフ進出はならなかった。は前後期とも2位となり、前後期優勝の群馬と対戦した地区優勝決定シリーズ(群馬は1勝すれば優勝)に敗退し、前年に続いて地区年間優勝を逃した。は前期地区3位、後期地区2位の成績で通算勝率2位。3年連続の出場となった前後期優勝の群馬との地区優勝決定シリーズは前年に続いて敗退し、地区年間優勝はならなかった。2010年シーズン限りで契約満了に伴い退団し〔http://www.niigata-albirex-bc.jp/news.php/archives/id/492/〕、は横浜ベイスターズの一軍ブルペンコーチを務めた。 退任後は会社員を務めた後、に日本航空高等学校の臨時コーチを務め、4月からは啓明学園高等学校の監督に就任。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「芦沢真矢」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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