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花山院持実 : ミニ英和和英辞書
花山院持実[かざんいん もちざね]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はな]
 【名詞】 1. flower 2. petal 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [み, じつ]
 【名詞】 1. fruit 2. nut 3. seed 4. content 5. good result 

花山院持実 : ウィキペディア日本語版
花山院持実[かざんいん もちざね]
花山院 持実(かざんいん もちざね、寛文10年10月17日1670年11月29日) - 享保13年10月20日1728年11月21日))は、江戸時代中期の公卿。主に東山天皇(113代)に仕え、従二位権大納言まで昇っている。父は内大臣花山院定誠。母は左大臣大炊御門経孝の姫。子に花山院師夏花山院常雅がいる。
寛文11年(1671年)に叙爵。はじめ持房と名乗った。以降累進し、元禄6年(1693年)に権大納言に任じられ、元禄16年(1703年)まで在職した。元禄7年(1694年)、従二位となり神宮伝奏となる。元禄8年(1695年)に踏歌節会外弁となり、持実と改名。享保13年(1728年)に死去。享年59。
==関連項目==

* 花山院家



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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