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茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年10月7日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)、自由民主党選挙対策委員長、自民党栃木県連会長。 第2次安倍内閣で、経済産業大臣、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構)、福田康夫改造内閣で内閣府特命担当大臣(金融)、第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣で内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・個人情報保護・科学技術政策)、第1次小泉第1次改造内閣で外務副大臣を務めたほか、衆議院厚生労働委員長、自民党政務調査会長(第53代)等を歴任。 == 来歴 == 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、丸紅・読売新聞社に勤務。その後ハーバード大学ケネディ行政大学院に留学し、行政学修士号を取得した。帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。1992年、マッキンゼー・アンド・カンパニー会長の大前研一が代表を務める平成維新の会事務局長に就任した。 1993年、第40回衆議院議員総選挙に日本新党公認で旧栃木2区から出馬し、同区でトップ当選。翌1994年の日本新党解党に際しては新進党結党には参加せず、無所属を経て1995年に自由民主党に入党。1996年の第41回衆議院議員総選挙以降は、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い栃木5区から出馬し、連続6選。1999年、小渕第2次改造内閣で通商産業政務次官に任命され、第1次森内閣まで務める。 2002年、第1次小泉第1次改造内閣で外務副大臣に就任。翌2003年、第1次小泉第2次改造内閣で内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・個人情報保護・科学技術政策)に任命され(初入閣)、第2次小泉内閣まで務めた。 2007年、日朝国交正常化を目指す議員連盟「自民党朝鮮半島問題小委員会」の立ち上げに参加し、同議連幹事長に就任。2008年、福田康夫改造内閣で内閣府特命担当大臣(金融)として入閣。2009年の第45回衆議院議員総選挙では与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、栃木5区で民主党の富岡芳忠を破り6選したが、初めて対立候補に比例復活を許した(富岡は比例北関東ブロックで復活)。 2011年9月、自由民主党政務調査会長に就任( - 2012年9月)。2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、民主党からみんなの党に鞍替えした富岡に比例復活すら許さない大差をつけ、7選。選挙後に発足した第2次安倍内閣で経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構)として入閣した。 2014年9月、自民党役員人事で、自由民主党選挙対策委員長に就任。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、8選。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「茂木敏充」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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