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荘定帝姫(そうていていき、1041年 - 1043年9月17日)は、北宋の仁宗の四女。 == 経歴 == 才人張氏(後に修媛、貴妃、温成皇后となった)の次女として生まれた。荘順帝姫の同母妹、荘慎帝姫(趙幼悟)の同母姉である。 慶暦元年(1041年)に生まれた。慶暦3年(1043年)8月1日、宝和公主に封ぜられたが、5日後(同9月17日)に死去し、越国公主の位を追贈された。公主の母・修媛張氏は間もなく病となり、「所以召灾者,姿薄而寵厚也。愿貶秩為美人,庶几可以消咎譴」と言って、美人への降格を求めた。 嘉祐4年(1059年)12月に秦国公主の位を再追贈された。治平元年(1064年)6月、再従兄の英宗から楚国長公主の位を再追贈された。元符3年(1100年)3月、徽宗から鎮国大長公主の位を再追贈された。政和4年(1114年)12月、荘定大長帝姫の位を再追贈された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「荘定帝姫」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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