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菅田 俊(すがた しゅん、1955年2月17日 - )は、日本の俳優。本名は渋谷 昌道(しぶや まさみち)〔。ティー・アーティスト所属。 == 来歴・人物 == 山梨県富士吉田市出身。身長187cm、体重80kg。山梨県立吉田高等学校、東京経済大学卒業〔〔。大学時代は、コロナ2000GTで土曜夜に走り屋として過ごした。並行して18歳から21歳にかけては、当時流行のヤクザ映画の世界に憧れて的屋の一員としても働いた〔塚田泉取材・文「あの人はいつも映画の中に 菅田俊」『キネマ旬報』2009年9月下旬号、キネマ旬報社、pp.150-155.〕〔インタビュー内埜さくら「The Greatest person's vibration side-A 菅田俊 」 ドカント公式サイト 内 2006年〕。 大学卒業後は不動産会社に就職し、ゴルフ場で働く会社員になるが〔、勝新太郎や菅原文太に憧れ、高校時代より師事していた詩人の竹内てるよの口添えで東映プロデューサーの俊藤浩滋を紹介してもらい、東映へ出入りするようになる〔。当初は本名のまま『電子戦隊デンジマン』〔安藤幹夫編『東映スーパー戦隊大全 バトルフィーバーJ・デンジマン・サンバルカンの世界』双葉社、2003年 2005年第2刷、p.145〕『特捜最前線』などのテレビドラマに端役として出演。 やがて、菅原の付き人となり、菅原文太の「菅」、鶴田浩二の「田」、俊藤浩滋の「俊」を貰い、芸名を「菅田 俊」とする〔〔。『特捜最前線』では犯人役で出演したが、同時期に『仮面ライダーZX』の特番の主演が決まっていたため、子供番組でのマイナスイメージを避けて顔出しは見送られた(影を入れて隠していた)。 ボディビルダーと腕相撲した際に相手の腕をへし折った強さを誇り、菅原の付き人は用心棒を兼任したものではとの声もあったが〔高瀬将嗣『技斗番長 活劇映画行進曲』洋泉社、2011年、p.212〕、3年目になって撮影現場で高倉健に呼ばれ、「付き人は一生付き人のままだぞ」と言われ、「菅原のオヤジとケンカして」破門となる〔(その後、破門は解かれており、「今後は畑を作るぞ」と声をかけられたと喜んでいる)。 1980年から放映の『仮面ライダースーパー1』のスーパー1 / 沖一也役のオーディション最終選考まで残っていた〔平山亨『泣き虫プロデューサーの遺言状 TVヒーローと歩んだ50年』講談社、2012年、p.251〕のが縁で、1982年に村雨良 / 仮面ライダーZX役に抜擢され、児童誌のグラビアとイベントショーの展開に参加することとなる。児童誌での展開が終了した後の1984年正月、テレビ特番として映像化された『10号誕生!仮面ライダー全員集合!!』で、テレビドラマとしては初の主役を演じる〔。 その後、飲み屋で松田優作らが語っていたアクターズ・スタジオを見るために渡米し、帰国後は東映を離れて27歳で唐十郎率いる劇団状況劇場に入団し、活動の中心を舞台へと移す。演劇時代には唐十郎についていくために大量の読書で演劇理論を学び、読書で得た知識で理論的に役を解釈する。劇団唐組の創立に参加した後、長谷部安春監督の1987年映画『あぶない刑事』の屈強な傭兵・豹藤幸次郎役で映像の世界へ復帰。この悪役を好演したことで以後、テレビや映画では主に悪役を演じるようになる〔〔〔山根貞男『日本映画時評1986-1989』筑摩書房、1990年、p.187。〕〔黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社、2006年、pp.171-173。〕。 先輩の片桐竜次の誘いで、1989年に開始した東映Vシネマに出演するようになり、以後40本以上に出演。ヤクザを多く演じたが、かつて的屋で働いていたときに知り合った人たちを参考にしたという。オリジナルビデオの世界で、黒沢清や室賀厚、福岡芳穂といった監督との出会いを得る。1992年には映画での初主演作『事件屋稼業』に出演〔〔谷岡雅樹『Vシネ血風録』河出書房新社、2005年、p.90。〕〔谷岡雅樹『キングオブVシネマ ゴールドカタログ100選』太田出版、2002年、p.153。〕。 2001年に役者仲間らを集めて「劇団東京倶楽部」を結成し〔、年1回の舞台を行っている。 2003年、ハリウッド映画『キル・ビル Vol.1』『ラストサムライ』に出演し、以後海外作品での活躍の場が増える。 2005年12月にはひったくり犯逮捕に協力したとして、2006年2月20日に警視庁目白署から表彰を受けた〔菅田俊ひったくり捕まえた スポーツ報知 2006年2月20日 ※リンク切れ〕。本人によると当初は関わりたくなかったが、偶然犯人が目の前に現れたため取り押さえたとのこと。ニュース等で、「仮面ライダーが現実社会で正義のために活躍した!」といった類のフレーズで話題になった。 劇団東京乾電池、太田プロを経て、2007年よりティー・アーティストに所属。コワモテのヤクザや刑事からコミカルな役柄まで幅広くこなせる個性派俳優として活躍。長年、脇役を中心に演じてきたが、2009年には『ポチの告白』『TOCHKA』の2本の主演映画が公開された〔秋本鉄次「カラダが目当て」『キネマ旬報』2009年11月下旬号、p.82〕。特に『ポチの告白』の主人公の警官は菅田を当て書きしたものである〔。 上記のようにヤクザ役が多いために怖い印象が多いが、実際の性格は非常に物腰が柔らかく、芝居に対する真剣さはすさまじいものである〔仮面ライダー鎧武東映公式サイトより〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「菅田俊」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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