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菊池十八外城(きくちじゅうはちとじょう)とは、肥後国菊池氏の居城であった菊池城(現在の菊池神社)を取り囲むように形成された城塞群〔植田均『肥後の菊池氏』〕。 文献ごとにその対象諸城・対象数は異なっており〔〔阿蘇品保夫『菊池一族』p.136〕、1794年の『菊池風土記』を参照した場合は菊の城(菊の池城、菊池古城)、染土城(鷹取城)、亀尾城(丸城、板井古城)、城林城(上林、木葉、城村、城山)、茂藤里城(元居城)、出田城(古池城)、馬渡城、正光寺城、増永城、台城(水嶋城、水島城)、神尾城、葛原城、五社尾城、掛幕城、市成城、黄金塚城、戸崎城、打越城の十八城となる〔。 == 概要 == 菊池十八外城は、植田均が『肥後の菊池氏』に述べている通り、菊池郡全体をひとつの城と考え、小規模な城塞を密集して四方の要地に築城して守備を固めたものである。名称としての初出は『菊池風土記』で、著者の渋江松石は「十八城は本城である守山〔菊池城の本丸のある場所を守山と言うが、肥後国には下益城郡に「守山城」という別の城があるので注意。〕の城(菊池城)が深川から隈府に移ってからのことである」と述べており〔『菊池風土記 巻之五』〕、寛政6年前後よりの呼称と考えられている〔阿蘇品保夫『菊池一族』p.137〕。ただし、熊本県が1978年に発刊した『熊本県の中世城跡』において、遺構の定かでないとの指摘のある城〔茂藤里城(元居城)、市成城、掛幕城、馬渡城、正光寺城、打越城など〕もある。時代の変遷とともに城の対象、数にも変化が見られたが、呼称としては十八外城にほぼ統一されている〔〔〔田中元勝『征西大将軍宮譜』〕。 これは、「攻めの千本槍、守りの十八外城」という、南北朝時代の菊池氏の活躍をわかりやすくイメージさせるための、キャッチフレーズとして、今に伝えられている〔阿蘇品保夫『菊池一族』p.159〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「菊池十八外城」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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