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葉室定嗣 : ミニ英和和英辞書
葉室定嗣[はむろ さだつぐ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よう, は]
 【名詞】 1. leaf 
: [しつ, むろ]
 【名詞】1. greenhouse 2. icehouse 3. cellar, cell

葉室定嗣 : ウィキペディア日本語版
葉室定嗣[はむろ さだつぐ]
葉室 定嗣(はむろ さだつぐ、承元2年(1208年) - 文永9年6月26日1272年7月22日))は、鎌倉時代中期の公卿藤原北家勧修寺流葉室光親の次男。母は吉田定経の娘。初名を光嗣、次いで高嗣、定嗣と改名。
建保2年(1214年)に叙爵。以後但馬美濃などの国司蔵人頭を歴任し、仁治3年(1242年)に従三位宝治2年(1248年)には正三位権中納言に昇る。後嵯峨上皇院司として重用され、院と六波羅探題との間に立って両者の調整役を務めた。
建長2年(1250年)に致仕弘長年間(1261年-1263年)には出家し、法名を定然と称したとされる。
その日記『葉黄記』は、朝廷側の立場から鎌倉中期という時代を活写した史料として貴重である。また晩年には浄住寺の中興を手がけたことでも知られている。
category:1208年生
category:1272年没


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「葉室定嗣」の詳細全文を読む




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