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燕沢碑(つばめざわのひ)は、宮城県仙台市宮城野区燕沢の善応寺境内に立つ石碑である。仙台市内に散見される蒙古碑(もうこのひ)と呼ばれる古碑の一で、元からの帰化僧である無学祖元が鎌倉時代後期(13世紀後葉)の文永・弘安両度の元寇における元軍戦歿者の追善の為に建てたものと推測されている〔田村桃渓「蒙古之碑」(『宮城県百科事典』)。〕。江戸時代に一時埋もれたが、発掘された後に「大乗妙典(法華経)一字一石の塔(記念碑)〔一字一石は経文中の1字を小石1個に書写して土中に埋納し、祖先の冥福等を祈る風習。〕」として利用された。 == 概要 == 高約1.6メートル最大巾約0.9メートルの石碑で、表面の碑額に円内に大吉祥大明菩薩の種字を刻し〔『宮城県の歴史散歩』山川出版社、2007年。〕、その下に枠を設けて4本の罫を引き、右4行に各行7文字宛28文字を刻む。また末行には「弘安第五天玄黓敦牂仲秋二十日彼岸終」の年紀があり(「玄黓」は十干の「壬」、「敦牂」は十二支の「午」のそれぞれ異称。弘安5年(1282年)の干支が「壬午」に当たる)、また「清俊」と制作者と覚しき人名を刻む。本文28字は省画の多い異体で判読は難しいが、「弔亡魂」と認められる箇所がある事から板碑と見られている〔『宮城県の地名』。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「燕沢碑」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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