|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 藤 : [ふじ] 【名詞】 1. wisteria ・ 原 : [はら, もと] 1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation ・ 実 : [み, じつ] 【名詞】 1. fruit 2. nut 3. seed 4. content 5. good result ・ 光 : [ひかり] 【名詞】 1. light
藤原 実光(ふじわら の さねみつ)は平安時代後期の公卿、儒学者、漢詩人、歌人。右中弁・藤原有信の長男。日野実光とも。日野家11代当主にあたる。 == 経歴 == 寛治5年(1092年)文章得業生になる。因幡権掾、縫殿助、右衛門少尉を歴任し、康和2年(1100年)従五位下に叙爵。 勘解由次官、右衛門権佐、右少弁、防鴨河使を歴任。天仁3年(1100年)左衛門権佐に任ぜられる。周防介を兼任し、天永2年(1111年)正五位下に陞叙。永久3年(1115年)左少弁に進み、保安元年(1120年)近江守に任ぜられる。 勧学院別当、右中弁を歴任し、保安4年(1123年)従四位上・左中弁に叙任される。天治2年(1125年)には正四位下に昇り、大治5年(1130年)右大弁となる。天承元年12月(1132年1月)参議に任ぜられて、左大弁、勘解由長官を兼ねる。翌年には美作権守も兼任。 長承3年(1134年)従三位・大宰大弐に叙任。保延2年(1136年)権中納言、大宰権帥に進む。保延5年(1139年)正三位に昇り、保延6年(1140年)従二位に至る。 康治2年12月(1144年1月)中納言を辞し、翌年出家。久安3年(1147年)79歳で薨去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原実光」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|