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藤原 惟規(ふじわら の のぶのり、生年不明 - 寛弘8年(1011年))は平安時代中期の貴族。藤原為時の子で、紫式部の同母兄または弟。 若くして文章生となり出世し、長保6年(1004年)正月に少内記を務めており〔『御堂関白記』長保6年正月11日条〕、3月には位記の作成を命じられている〔『御堂関白記』長保6年3月4日条〕。その後兵部丞、六位蔵人、式部丞を経て寛弘8年(1011年)に従五位下に叙爵。叙爵に伴い蔵人式部丞を離れ、越後守に任じられた父・為時とともに越後に赴任するが赴任先で卒去。 幼少時に、姉妹の紫式部とともに為時について書(漢籍)を学んだが、惟規は暗誦することができず、紫式部は暗誦して見せたため、父・為時は式部が男でないことが残念だと思った、という有名な話がある〔『紫式部日記』〕。 == 系譜 == *父:藤原為時 *母:藤原為信の娘 *妻:藤原貞仲の娘 *男子:藤原貞職(?-?) *妻:不詳(生母不明) *男子:藤原経任 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原惟規」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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