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藤原 清経(ふじわら の きよつね)は、平安時代前期から中期にかけての公卿。権中納言・藤原長良の六男。 == 生涯 == 衛門少尉・大尉を経て、貞観11年(869年)従五位下に叙爵し、甥に当たる皇太子・貞明親王の春宮大進に任ぜられた。貞観18年(877年)の貞明親王の即位(陽成天皇)後まもなく、従五位上・右近衛権少将次いで左近衛権少将に叙任される。陽成朝では近衛少将に蔵人を兼ねて天皇の身近に仕え、この間元慶6年(882年)正五位下に叙せられている。 光孝朝から宇多朝にかけても引き続き左近衛少将・右近衛中将と武官を務め、仁和2年(886年)従四位下、寛平6年(894年)従四位上に昇叙されている。 寛平9年(897年)醍醐天皇の即位後しばらくして右兵衛督に転じ、昌泰3年(900年)には先に参議となっていた甥の忠平の譲りにより参議に任ぜられ公卿に列している。延喜4年(904年)正四位下。 延喜15年(915年)正月に従三位に昇るが、同年5月22日薨去。享年70。最終官位は参議従三位行右衛門督。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤原清経」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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