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藤本 祐介(ふじもと ゆうすけ、男性、1975年7月22日 - )は、日本のキックボクサー。京都府出身。MONSTER FACTORY所属。正道会館京都支部に入門し、後にプロとしてK-1に転向。現在は主に正道会館本部道場でトレーニングを積んでいる。 がむしゃらにパンチを振り回すことから、「JAPANのブンブン丸」、「JAPANのコロコロ丸」、「コロ助」 と呼ばれている。パワーの強さは日本人選手随一ながら足元の弱さが難点のため、試合中によく転倒し正反対のあだ名で呼ばれることが多い。4トンのバスを引っ張る事が出来るパワーから繰り出される、強靭なパンチとキックが武器。 K-1戦士養成学校モンスターファクトリーオーディションの1期生であり、かつてノブ・ハヤシ、鈴木政司と共に「K-1 JAPAN モンスターパワーズ」というユニットを結成していた。 == 来歴 == 2006年6月3日、K-1 WORLD GP 2006 in SEOULで優勝。デビュー10年目にして初めてGP開幕戦への切符を手に入れた。なお、K-1の海外予選で日本人が優勝したのは藤本が初めてである。 2006年9月30日、K-1 WORLD GP 2006 in OSAKA 開幕戦でアーネスト・ホーストと対戦。左右のフックで果敢に飛び込むも、カウンターのローキックを浴びせられ3RKO負け。 2007年3月4日、K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMAで武蔵を延長の末に左ハイキックでKOし、4年前のK-1 JAPAN GPの借りを返した。 2007年4月28日、K-1 WORLD GP 2007 in HAWAIIにおいて、バダ・ハリとK-1ヘビー級(100kg以下)初代王者決定戦を行ない、圧倒的な差を見せ付けられ、ハイキックで1RKO負け。 2007年8月5日、K-1 WORLD GP 2007 IN HONG KONGで開催されたASIA GPに出場。1回戦では石洪堅に3R判定勝ち、準決勝では金泰泳にKO負けしたものの、金のドクターストップにより決勝進出。決勝では王強と対戦、KO勝ち。ASIA GPの2連覇を達成した。 2007年9月29日、K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16で澤屋敷純一と対戦。1Rに左フックで鼻から出血させた。しかし、その後はカウンターやストレートを喰らい続け、数度のダウンを喫した。3R、スタミナが切れ3ダウンを奪われてKO負け。 2008年4月13日、K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMAで極真空手世界王者エヴェルトン・テイシェイラと対戦。延長2Rに3度のダウンを奪われKO負け。この試合で右腕を骨折した〔ご心配かけてます。 公式ブログ 2008年7月19日〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤本祐介」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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