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藤森 照信(ふじもり てるのぶ、1946年11月21日 - )は、日本の建築史家、建築家(工学博士)。東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。専門は、日本近現代建築史、自然建築デザイン。日本建築学会の建築歴史・意匠委員会委員を歴任。 == 経歴 == * 1946年:長野県諏訪郡宮川村(現茅野市)出身。 * 1965年:長野県諏訪清陵高等学校卒業。 * 1971年:東北大学工学部建築学科卒業(元オフコースの小田和正と同期)。東京大学大学院へ進学し東京大学生産技術研究所で村松貞次郎に師事し近代日本建築史を研究した。 * 1974年:堀勇良ら研究仲間と建築探偵団を結成、やがて全国の研究者と協働で各地に残る近代洋風建築の調査を行った。その過程で関東大震災後に多く建てられた一見洋風の店舗兼住宅群に着目し「看板建築」と命名した。 * 1979年:論文「明治期における都市計画の歴史的研究」により工学博士号を取得(後に『明治の都市計画』として刊行)。 * 1984年:この頃から一般誌向けに西洋館をテーマにした多くのエッセイを執筆し、写真家の増田彰久とコンビで多くの著作を出している。 * 1985年:東京大学生産技術研究所助教授に就任。 * 1986年: 『建築探偵の冒険・東京篇』でサントリー学芸賞を受賞。赤瀬川原平、南伸坊らと路上観察学会を結成した。本業の建築史研究では、国内に留まらずアジア各国に研究のフィールドを広げるようになり、その成果が『全調査東アジア近代の都市と建築』(1996年)である。 * 1991年:神長官守矢史料館で建築家としてデビュー(藤塚光政『神長官守矢史料館』、TOTO出版、1992年で紹介)。設計作品では自然素材を大胆に使う。 * 1997年:「赤瀬川原平氏邸に示されたゆとりとぬくもりの空間創出」で第29回日本芸術大賞(財団法人新潮文芸振興会)を受賞。自邸(タンポポハウス)なども話題になる。 * 1998年:東京大学生産技術研究所教授に昇格。日本近代の都市・建築史の研究(『明治の東京計画』及び『日本の近代建築』)により日本建築学会賞(論文)を受賞。 * 2001年:熊本県立農業大学校学生寮で日本建築学会賞(作品賞)を受賞。 * 2006年:9月開催の、第10回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展では日本館のコミッショナーを務めた。またBSフジ明治・大正・昭和の建築~日本の近代化遺産~ の番組解説、監修を務めた。 * 2010年:東京大学を定年退職。工学院大学教授に就任。 * 2014年:工学院大学を定年退職。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤森照信」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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