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小野 妹子(おの の いもこ、6世紀~7世紀、生没年不詳)は、飛鳥時代の政治、外交家。姓は臣。子に毛人・広人〔宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会,1986年〕がいた。冠位は大徳冠。 『日本書紀』によると大唐に派遣され、大禮(冠位十二階の位)蘇因高と呼ばれた〔『日本書紀』巻第二十二推古天皇十六年には「唐国号妹子臣曰蘇因高」とある。〕。日本の通説では『隋書』が記録する「」の文言で知られる国書を携えた使者は小野妹子とされる。 == 概要 == === 出自 === 近江国滋賀郡小野村(現在の大津市)の豪族で、春日氏の一族小野氏の出身。系譜は明らかでないが、春日仲君(または仲若子)の子とする系図がある〔鈴木真年『諸系譜』第八冊,人見氏(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会,1986年 による)〕。一般に流布されている小野氏の系図〔「小野氏系図」(『群書類従』巻第63所収、『続群書類従』巻第166所収)、『尊卑分脈』など〕では、妹子を敏達天皇の皇子である春日皇子の子とするが、『日本書紀』雄略紀において「春日小野臣大樹」との人物が登場し、妹子はこの大樹の後裔と考えられることから、敏達天皇裔とするのは仮冒である〔太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年〕。春日仲君の娘老女子が敏達天皇の妃となり春日皇子を産んだことから、小野氏を春日皇子の系統に繋いだものと想定されるが、定かではない。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「小野妹子」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ono no Imoko 」があります。 スポンサード リンク
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