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衣笠城(きぬがさじょう)とは、相模国三浦郡(現在の神奈川県横須賀市衣笠町)にあった日本の城(山城)。三浦半島中央部に立地する。 == 概要 == 前九年の役での戦功により源頼義から相模国三浦に領地を与えられ、当地の三浦氏の祖となったとされる三浦平大夫為通が、1062年(康平5年)、衣笠山に作った城が衣笠城の始まりである。のちにこの城は三浦氏の本拠地となり、三浦氏が勢力拡大するにあたって増築されていく。源頼朝が伊豆で平家に反乱すると三浦氏4代目三浦義明は頼朝を支援したが、頼朝は石橋山の戦いで敗れ房総半島へ逃げ延びる。頼朝軍と合流できずに引き返した三浦一族は平家方の畠山重忠軍と衣笠城合戦に及び、衣笠城は落城。城主義明は討ち死にし、三浦一族は房総半島に逃れる。 その後鎌倉幕府が成立するとこの城はまた三浦氏の本拠となるが、鎌倉時代の1247年(宝治元年)、宝治合戦で三浦党が没落すると廃城となった。 2007年現在、衣笠城跡には小規模な公園が整備されているが、当時を思わせる遺構はわずかに井戸、堀跡が残るのみである。しかし城山を境内とする大善寺や義明の墓所である滿昌寺など、城跡周辺の寺には三浦一族や衣笠城を偲ばせる事跡が残されている。また平作川に沿って下流の久里浜までのあいだには、衣笠城の支城とされる平作城、大矢部城、小矢部城、佐原城、怒田城などの遺構が残されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「衣笠城」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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