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袴田巖 : ミニ英和和英辞書
袴田巖[はかま]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はかま]
 【名詞】 1. man's formal divided skirt 
: [た]
 【名詞】 1. rice field 

袴田巖 ( リダイレクト:袴田事件 ) : ウィキペディア日本語版
袴田事件[はかまだじけん]

袴田事件(はかまだじけん)とは、1966年静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件、およびその裁判死刑が確定していた袴田巌元被告が判決の冤罪を訴え、2014年3月27日に死刑及び拘置の執行停止並びに裁判の再審を命じる判決が(即時抗告審での審理中のため未確定)なされた事件。日本弁護士連合会が支援する再審事件である。
== 事件および取調べ・裁判経過 ==

* 1966年6月30日 - 「有限会社王こがね味噌橋本藤作商店」(「株式会社王こがね味噌」を経て1972年から株式会社富士見物産)専務の自宅が放火された。焼跡から専務(41歳)、妻(38歳)、次女(17歳)、長男(14歳)の計4人の他殺死体が発見される。一家の中では別棟に寝ていた19歳の長女(一家から勘当されて家を出ていたが、当日は久しぶりに家に戻っていた)が唯一生き残った。
* 1966年7月4日 - 静岡県清水警察署味噌製造工場および工場内従業員捜索し、当時「こがね味噌」の従業員で元プロボクサーの袴田巖の部屋から極微量の血痕が付着したパジャマを押収。
* 1966年8月18日 - 静岡県警察が袴田を強盗殺人、放火、窃盗容疑で逮捕
* 1966年8月19日 - 取調べ(3回 計10時間30分)
* 1966年8月20日 - 取調べ(3回 計7時間23分)
* 1966年8月21日 - 取調べ(2回 計6時間5分)
* 1966年8月22日 - 取調べ(6回 計12時間)
* 1966年8月23日 - 取調べ(3回 計12時間50分)
* 1966年8月24日 - 取調べ(3回 計12時間7分)
* 1966年8月25日 - 取調べ(4回 計12時間7分)
* 1966年8月26日 - 取調べ(3回 計12時間26分)
* 1966年8月27日 - 取調べ(3回 計13時間17分)
* 1966年8月28日 - 取調べ(3回 計12時間32分)
* 1966年8月29日 - 取調べ(5回 計7時間19分)
* 1966年8月30日 - 取調べ(4回 計12時間47分)
* 1966年8月31日 - 取調べ(3回 計13時間18分)
* 1966年9月1日 - 取調べ(3回 計13時間18分)
* 1966年9月2日 - 取調べ(4回 計9時間15分)
* 1966年9月3日 - 取調べ(2回 計9時間50分)
* 1966年9月4日 - 取調べ(3回 計16時間20分)
* 1966年9月5日 - 取調べ(3回 計12時間50分)
* 1966年9月6日 - 取調べ(3回 計14時間40分)。犯行を頑強に否認していた袴田が勾留期限3日前に一転自白
* 1966年9月9日 - 静岡地検が強盗殺人罪、放火罪、窃盗罪で起訴
* 1966年11月15日 - 静岡地裁の第1回公判で袴田が起訴事実を全面否認。以後一貫して無実を主張。
* 1967年8月31日 - 味噌製造工場の味噌タンク内から血染めの「5点の衣類」が発見される。
* 1968年9月11日 - 静岡地裁が死刑判決静岡地判昭和43年9月11日 〕。
* 1976年5月18日 - 東京高裁控訴棄却
* 1980年11月19日 - 最高裁上告を棄却〔
〕。
* 1980年11月28日 - 判決訂正申立。
* 1980年12月12日 - 最高裁が判決訂正申立棄却決定送達。死刑確定。
* 1981年4月20日 - 弁護側が再審請求。
* 1994年8月9日 - 静岡地裁が再審請求棄却(決定書日付は8月8日)。
* 1994年8月12日 - 弁護側が即時抗告
* 2004年8月27日 - 東京高裁が即時抗告棄却(決定書日付は8月26日)。
* 2004年9月1日 - 弁護側が最高裁に特別抗告。
* 2008年3月24日 - 最高裁で棄却。第一次再審請求終了。
* 2008年4月25日 - 弁護側が静岡地裁に第二次再審請求。
* 2010年4月20日 - 衆参両院議員による「袴田巌死刑囚救援議員連盟」設立総会を開催。
* 2010年8月24日 - 袴田巌死刑囚救援議員連盟が「袴田死刑囚は心神喪失状態にある」として時の法相・千葉景子に刑の執行停止を要請した〔死刑囚の精神状態を一斉調査=千葉元法相、退任直前に指示 時事通信 2011年2月11日〕。
* 2011年1月27日 - 日本弁護士連合会が、妄想性障害等を理由として、刑の執行停止と医療機関での治療を受けさせるよう法務省に要請した〔袴田巌死刑囚が心神喪失、執行停止を…日弁連 読売新聞 2011年1月27日(2011年1月30日時点でのアーカイブ)〕。
* 2011年2月11日 - 千葉法相の指示の下、法務省は袴田を含む複数の死刑囚を対象に精神鑑定などを実施したが、袴田については「執行停止の必要性は認められない」との結論に達していたことが明らかになった。
* 2011年8月 - 第二次再審請求審において静岡地裁は事件当日にはいていたとされるズボンの他、5点の衣類の再鑑定をすることを決定したことが、弁護団などから明らかになった。再鑑定の結果次第では再審の可能性があるとされた。
* 2014年3月27日 - 静岡地裁が再審開始と、死刑及び拘置の執行停止を決定した。袴田は同日午後に東京拘置所から釈放された。静岡地検は東京高裁に拘置停止について抗告を申し立てるが、高裁は28日、拘置停止決定を支持し抗告を棄却。31日、静岡地検が再審開始を認めた静岡地裁の決定を不服として即時抗告〔「袴田事件」再審、静岡地検が即時抗告 読売新聞 2014年3月31日〕。
*2014年3月28日 - 午後6時頃、生き残っていた被害者一家の長女が亡くなっているのが自宅で発見された。満67歳没。事件性はないとみられる。
*2014年8月5日 - 抗告審理で、弁護側の開示要求に対して検察側が一審当時から「存在しない」と主張し続けて来た、袴田有罪の証拠“5点の衣類の写真”のネガフィルムが、実際には警察で保管されていた事が判明〔袴田事件、衣類5点写真ネガ存在 検察側、従来説明を謝罪 共同通信2014年8月5日〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「袴田事件」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Iwao Hakamada 」があります。




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