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明治神宮(めいじじんぐう)は、東京都渋谷区にある神社。明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする。初詣では例年日本一の参拝者数を誇る。正式な表記は「宮」の「呂」の中間の線が入らない「明治神〔江守賢治『解説字体辞典』は、「宮」の字は、甲骨文以来、「ノ」を入れずに書くのが通常であり、『説文』や『康煕字典』が「ノ」を入れる字体を採用したのが異例であるとする。一方、明治神宮の公式サイト は、「ノ」は、建物(「ロ」)と建物(「ロ」)を繋ぐ「廊下」を表し、古くは建物と建物の間に廊下はなかったので「ノ」を入れなかったが、廊下が作られるようになってから「必然的」に「ノ」を入れるようになったとする。〕」。 == 概要 == 明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を御祭神とする神宮である〔東京ふる里文庫11 東京にふる里をつくる会編 『渋谷区の歴史』 名著出版 昭和53年9月30日発行 p206-11〕。 面積約70万平方メートルの境内はそのほとんどが全国青年団の勤労奉仕により造苑整備されたもので、現在の深い杜の木々は全国よりの献木が植樹された。また、本殿を中心に厄除・七五三などを祈願を行う神楽殿、「明治時代の宮廷文化を偲ぶ御祭神ゆかりの御物を陳列する」宝物殿、「御祭神の大御心を通じて健全なる日本精神を育成する」武道場至誠館などがある。 明治天皇は崩御後、京都の伏見桃山陵に葬られたが、東京に神宮を建設したいとの運動が天皇を崇敬する東京市民(当時)から起こり、1914年(大正3年)になると天皇に縁の深かったこの地への神宮建設が決定した〔。造営は翌1915年(大正4年)から開始され、全国から13,000人もの国民が労力奉仕に自発的に参加した〔。鎮座祭は、1920年(大正9年)11月2日に行われ、皇室からは大正天皇の名代として皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)が行啓した〔。初代宮司は公爵一条実輝。 22万坪(約73ヘクタールに及ぶ広大な神域は、江戸時代初めには肥後藩藩主・加藤家の別邸であり、寛永17年(1640年)より彦根藩藩主・井伊家の下屋敷となっていたもので、この土地が1874年(明治7年)、買い上げられて南豊島御料地となっていた〔。 明治神宮は2010年(平成22年)現在、初詣では大晦日から正月三が日の間で300万人前後にものぼる日本一の参拝者を集めることでも知られる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「明治神宮」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Meiji Shrine 」があります。 スポンサード リンク
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