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西有穆山 : ミニ英和和英辞書
西有穆山[にしあり ぼくざん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

西 : [にし]
 【名詞】 1. west 
: [う, ゆう]
  1. (n,vs) possession 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 

西有穆山 : ウィキペディア日本語版
西有穆山[にしあり ぼくざん]
西有 穆山(にしあり ぼくざん、俗名:笹本万吉、文政4年10月23日1821年11月17日) - 明治43年(1910年12月4日)は、陸奥国青森県八戸出身の日本曹洞宗僧侶總持寺独住3世貫首。法名は瑾英、直心浄国禅師。
文政4年(1821年)に八戸に生まれる。天保3年(1832年)に地元の長竜寺で出家し金栄と名乗る。天保10年(1839年)に仙台に移転。天保12年(1841年)に江戸に出て吉祥寺旃檀林学寮に入る。浅草本然寺の泰禅の後を継ぎ、牛込鳳林寺住職となり、小田原海蔵寺月潭全竜の下で修行。瑾英に改名。宗参寺鳳仙寺を経て大教院に呼ばれて中講義大講義總持寺出張所監院、本山貫首代理になる。法光寺中央寺可睡斎伝心寺を経る。
明治33年(1900年)に信者の寄付により、横浜西有寺を創建、翌明治34年(1901年)に總持寺貫首に選ばれる。翌明治35年(1902年)に曹洞宗管長となる。明治38年(1905年)に横浜に引退する。明治43年(1910年)12月4日に遷化。
== 弟子 ==
飯田トウ隠丘宗潭来馬琢道

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「西有穆山」の詳細全文を読む




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