|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 註 : [ちゅう] 【名詞】 1. explanatory notes 2. annotation 3. comment ・ 註釈 : [ちゅうしゃく] 1. (n,vs) annotation 2. note 3. commentary ・ 学 : [がく] 【名詞】 1. learning 2. scholarship 3. erudition 4. knowledge ・ 学派 : [がくは] 【名詞】 1. school 2. sect ・ 派 : [は] 1. (n,n-suf) clique 2. faction 3. school
註釈学派(ちゅうしゃくがくは、)とは、11世紀から13世紀にかけて、古代ローマ法(とくに集大成であるユスティニアヌス法典など)の主要文言に註釈をつけて解釈を行った法学者の一派。中心地はボローニャ。そのためまたの名をボローニャ学派とも呼ばれる。同様にその学説はイタリア学風とも呼ばれる。 富井政章・梅謙次郎が学んだフランス法の註釈学派は註釈学派 (フランス法)の項を参照。 == 解説 == 開祖はイルネリウス(Irnerius)で、彼らの研究成果の集大成である『標準註釈』(Glossa Ordinaria)は(Accursius)の手によるものである。 スコラ学を背景にユスティニアヌス帝によるローマ法大全を「書かれた理性」(ratio scripta)としてあたかも聖書のように絶対・完全無欠なものとみなして現在の法哲学のベースとなる哲学体系を確立した。 有名な学者としては、(Bulgarus de Bulgarinis)、(Martinus Gosia)、ヤコブス(Jacobus de Boragine)、フーゴ(Hugo de Porta Ravennate)の「法の百合」と称された (quattor doctores) がいる。また、次世代の学者には(Johannes Bassianus)と、その弟子である(Azo Portius)がいるが、アーゾの『勅法彙纂集成』は実務を支配し、「アーゾを持たざる者は法廷に行くべからず」とまで言われた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「註釈学派」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|