翻訳と辞書
Words near each other
・ 谷中生姜
・ 谷中田トキオ
・ 谷中真二
・ 谷中真島町
・ 谷中茶屋町
・ 谷中霊園
・ 谷中麻衣
・ 谷中麻里衣
・ 谷久子
・ 谷之口駅
谷乙猪
・ 谷亀利一
・ 谷亀悟郎
・ 谷五郎
・ 谷五郎のOH!ハッピーモーニング
・ 谷五郎の旅は続くよ
・ 谷井あすか
・ 谷井一郎
・ 谷井健二
・ 谷井優貴


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

谷乙猪 : ミニ英和和英辞書
谷乙猪[たに おとい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おつ, きのと]
  1. (adj-na,n) 2nd in rank 2. second sign of the Chinese calendar
: [いのしし]
 【名詞】 1. wild boar 

谷乙猪 : ウィキペディア日本語版
谷乙猪[たに おとい]

谷 乙猪(たに おとい、1858年安政5年) - 1889年明治22年)7月18日)は、江戸時代後期の土佐藩士
最年少の迅衝隊士谷重喜の弟。谷干城の養子。従五位
== 来歴 ==

1858年安政5年)、土佐藩上士・谷重昌(神佐衛門)の三男として、土佐国(現 高知県)に生まれる。実長兄は谷重喜、実次兄は谷重中。
1868年慶応4年1月)、最年少の11歳(満10歳)にして、志願して兄谷重喜らと共に土佐藩迅衝隊に加わり、戊辰戦争に従軍する。板垣退助ら迅衝隊の幹部たちと一緒に撮った幕末の写真が有名(乙猪は退助の膝に抱かれ、拳銃を持ったポーズで写っている)。
1870年2月27日明治3年1月27日)、土佐藩主・山内豊範の時代、東京で学問修行を仰せ付けられ、さらに洋行を仰せ付けられ、ノテレス船の御船便次第、出立するよう命ぜられる。同年4月6日(旧暦3月6日)、来たる27日より浦戸通より乗船仰せ付けられる。
同年7月13日(旧暦6月15日)、谷家(谷秦山流 )の分家で、谷景井(萬七)家の第2代目にあたる谷干城の養子となる。のち従五位に叙せられる。
薩摩藩士村田経芳男爵村田銃の開発者)の長女(愛子)と婚姻する。
1881年(明治14年)8月1日、嫡男谷儀一が生まれる。
1889年(明治22年)7月18日逝去。享年32。墓は高知の久万山の谷家代々墓地(所在地 高知県高知市中久万)にある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「谷乙猪」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.