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谷萩那華雄 : ミニ英和和英辞書
谷萩那華雄[やはぎ なかお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はぎ]
 【名詞】 1. bush clover 2. Lespedeza 
: [はな]
 【名詞】 1. flower 2. petal
: [おす]
 【名詞】 1. male (animal) 

谷萩那華雄 : ウィキペディア日本語版
谷萩那華雄[やはぎ なかお]

谷萩 那華雄(やはぎ なかお、1895年(明治28年)8月9日 - 1949年(昭和24年)7月8日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将
== 生涯 ==
茨城県生まれ。1914年(大正3年)3月、茨城県立水戸中学校(現在の茨城県立水戸第一高等学校)卒を経て、1917年(大正6年)5月、陸軍士官学校(第29期)を卒業。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第15連隊付となる。1919年(大正8年)4月から1920年(大正9年)12月までシベリア出兵に従軍。1927年(昭和2年)12月、陸軍大学校(第39期)を卒業し歩兵第15連隊中隊長に就任。
1929年(昭和4年)3月、教育総監部付勤務となり、第19師団参謀を経て陸軍技術本部付兼軍事調査委員(新聞班)に就任。1932年(昭和7年)8月、歩兵少佐に昇進。1933年(昭和8年)5月、参謀本部付(重慶駐在)に転じ、関東軍司令部付、参謀本部付、支那駐屯軍司令部付(青島駐在)を歴任。1937年(昭和12年)8月、歩兵中佐に進級し、同月、北支那方面軍司令部付に異動。
1938年(昭和13年)5月、北支那方面軍特務部付に転じ、第1軍司令部付(太原特務機関長)に異動。1939年(昭和14年)3月、歩兵大佐に昇進し中支那派遣軍参謀となり日中戦争に出征。同年9月、支那派遣軍司令部付(軍事顧問部)に異動。
太平洋戦争開戦後は1942年(昭和17年)3月に陸軍兵器本部付(大本営陸軍報道部長)に就任。1943年(昭和18年)3月、陸軍少将に進んだ。同年10月、第15独立守備隊長に転じ北スマトラシボルガで守備に従事。さらに独立混成第25旅団長に異動。1944年(昭和19年)10月には第25軍参謀長に就任した。
第二次世界大戦BC級戦犯に指名され、スマトラ島メダンで刑死。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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