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貴山 幸次郎(きやま こうじろう、1865年4月27日(慶応元年4月3日) - 1940年(昭和15年)6月9日)は日本基督教会の牧師である。 1865年(慶応元年)伊予国吉田(現・愛媛県宇和島市)に生まれ、幼少期は吉田郷校(藩校文武館の後身)で学び、卒業後に同校の教師になる。1881年(明治14年)に宇和島に来た桜井昭悳の演説を聴いてキリスト教を知った。1885年(明治18年)に横井時雄の伝道説教を聞いてキリスト教信仰を持つ。 1885年に東京に移り津田仙の学農社で学び『農業雑誌』の編集を行う。植村正久の『真理一斑』を読んで信仰を強くし、1885年新栄教会で石原保太郎から洗礼を受ける。その後、献身し東京一致英和学校、東京一致神学校で学ぶ。1890年(明治23年)に明治学院神学部を卒業すると、石原保太郎の後任として新栄教会の牧師に就任する。 1897年(明治30年)9月より日本基督教会の巡回教師になり、各地を巡回する。1901年(明治34年)10月に日本基督教会伝道局の専任幹事になり、1920年(大正9年)まで日本本土、台湾、朝鮮、満州などにも巡回伝道を行う。 1919年(大正8年)にはアメリカ合衆国西海岸の日本人教会を訪問する。1920年からは満州奉天の奉天教会の牧師になる。また、撫順の教会も兼務する。1937年(昭和12年)に牧師を退職し、1940年(昭和15年)死去する。 == 参考文献 == *『日本キリスト教歴史大辞典』教文館、1988年 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「貴山幸次郎」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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