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『郷ひろみの宴ターテイメント』(ごうひろみのえんターテイメント)は1989年4月19日からテレビ朝日で制作、放送された郷ひろみが初めて司会をつとめた音楽番組である。郷ひろみの冠番組。 == 概要 == 1989年4月19日から毎月1回「水曜スーパーテレビ」(旧「水曜スペシャル」の枠)19:30から20:52にスタジオ収録形式で放送された。放送回数は全6回。 制作スタッフのプロデューサー・演出はフジテレビで『夜のヒットスタジオ』のプロデューサー・演出をしていた疋田拓が担当〔『週刊テレビガイド』(東京ニュース通信社)1989年4月7日号「CATCH・UP!」25頁 閲覧〕。番組の構成作家やスタジオを飾るオーケストラバンド、音楽監督など主要スタッフは『夜のヒットスタジオ』のスタッフをそのまま起用していた。 当時音楽番組に弱かったとされるテレビ朝日は、同時期に『アイドル共和国』(担当は疋田拓)も毎週土曜日に生放送することとなった。司会・ホスト役が郷ひろみ、番組担当者が疋田拓、90分の音楽番組という内容から、開始時には他局の音楽番組担当者も注目し、「できることなら自分の番組の裏ではやってほしくない」などのコメントまで出た〔『週刊宝石』1989年5月18日号「ライバル局の特番を演出した名物プロデューサーのモラル」208 - 211頁 閲覧。〕。また第4回、第5回の放送には郷ひろみの司会パートナーとして芳村真理も出演、フジテレビからは「もう勘弁してくれ」などの声が出たと噂が飛び交った〔。 しかし、期待したほどの視聴率は取れず放映は半年間に止まり、最終回の9月13日には「特集美空ひばり追悼番組」として30分の拡大枠で放送された〔『噂の真相』1989年11月号「フジテレビのプロデューサーに賭けたテレビ朝日の誤算」66-67頁 閲覧〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「郷ひろみの宴ターテイメント」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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