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都平 健二(とひら けんじ、1941年2月15日 - )は、茨城県出身の元日産追浜ワークスドライバー。 スカイライン2000GT-Rやサニー1200GXに乗り、幾多の名勝負を展開。特に1970年代後半から1980年代にかけてのマイナーツーリングレースでは常に優勝候補と言われるなど、ハコ(ツーリングカー)使いの名手として知られた。現在はレースの一線は退き、茨城県でカーショップの「リミット」を経営。血液型O型。愛称トッペイちゃん。 == 経歴 == モトクロス界の名門チームだった城北ライダースに所属し、1964年の全日本モーターサイクルクラブ連盟(MCFAJ)のチャンピオンを経て、同年末日産の大森宣伝第3課(大森ワークス)と契約し4輪ドライバーに転向。ただし2年間ほどは4輪レースと併行して、城北ライダースから2輪モトクロスにも出場していた。 1965年3月に川口オートレース場で行われた、ストックカーレースで4輪レースにデビュー。 1969年に日産追浜ワークスに昇格。同年5月の日本グランプリに、高橋国光とコンビを組み、日産・R382を操り参戦。総合10位。高橋国光の名前しか出ない場合が多いが、この時期の日本グランプリは長丁場のため複数のドライバーでエントリーすることが認められており、都平も決勝レースを走っている。 以降も日産ワークスドライバーとしてツーリングカーレースなどに出場する一方、プライベート活動として富士グランチャンピオンレースやフォーミュラカーレースにも出場。 *1983年 全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)に、長谷見昌弘とスカイラインターボCで参戦。 *1988年 全日本ツーリングカー選手権 (JTC)に、鈴木亜久里/アンダース・オロフソン等とスカイラインGTS-R(R31)で参戦。 *1993年 N1耐久シリーズにBOSEスカイラインGT-R(BNR32)で参戦。河合博之とのコンビで第5戦十勝を征した。 *1994年 N1耐久シリーズにワイズスポーツスカイラインGT-R(BNR32)で参戦。前年と同じ河合博之とのコンビで全8戦中3戦で優勝。年間タイトルを獲得。 N1耐久チャンピオン獲得の翌年、1995年の開幕戦では、河合博之および須賀宏明と組んでR32GT-Rで出場。このレースは新型R33GT-Rの初陣だったが、都平は旧型マシンで新型を破って優勝し、ベテランの妙味を見せつける格好になった。 翌1996年まで現役を続け引退。以後はショップ経営に専念している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「都平健二」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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