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野宮 真貴(のみや まき、1960年3月12日 - )は、日本の女性歌手、ミュージシャン。 ピチカート・ファイヴの3代目ヴォーカルとして日本国外でも有名。現在ではソロでの音楽活動の他、ナレーター、モデル、デザイナーなどとしても活躍している。 == 来歴・人物 == 北海道白糠郡音別町(現・釧路市音別町)生まれ〔ファッション・リーダー : 野宮真貴のおしゃれブログ 2006年2月7日〕。子供時代は父親の仕事の都合で札幌-東京-室蘭と引越を繰り返し、高校卒業後は英語の専門学校へ進学しバンド活動を始めたものの、デビューには至らず、専門学校卒業後は一時期OLとして働いていた。 1981年、野宮"ロマン"真貴として、シングル「女ともだち」(資生堂「シャワーコロン」CM曲)でデビュー。22歳のときに中原信雄、鈴木智文と共にポータブル・ロックを結成。活動を続けると共に、1984年前後にはムーンライダーズの資生堂CM曲「パーキー・ジーン」やシングル「M.I.J.」などでゲストボーカル、ラップ、コーラスを担当。1988年以降の田島貴男ボーカル時代のピチカート・ファイヴではゲストコーラスとして参加した。 1990年にピチカート・ファイヴに3代目ボーカルとして加入し、2001年3月に解散するまで、日本とヨーロッパを中心に世界的な活動を行う。解散後はソロ活動を進めるほか、2004年に m-floのアルバム『ASTROMANTIC』に参加、2005年に「野宮真貴 loves m-flo」としてシングルを発表するなど、他のアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。 2011年に「30年ぶりに、もう一度デビューする、みたいな気持ち」という気持ちでROAD AND SKY ORGANIZATIONから、ソニー・ミュージックアーティスツに移籍〔野宮真貴からのお知らせ 、Miss Maki Nomiya、2011年5月9日〕。2012年にはデビュー30周年記念アルバム『30 〜Greatest Self Covers & More!!!〜』をリリース。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「野宮真貴」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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