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金岡祐一 : ミニ英和和英辞書
金岡祐一[かなおか ゆういち]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きん]
  1. (n,n-suf) (1) gold 2. (2) gold general (shogi) (abbr) 
: [こう, おか]
 【名詞】 1. hill 2. height 3. knoll 4. rising ground
: [いち]
  1. (num) one 

金岡祐一 : ウィキペディア日本語版
金岡祐一[かなおか ゆういち]
金岡 祐一(かなおか ゆういち、1928年(昭和3年)2月25日 - )は、日本の薬学者、実業家。学校法人富山国際学園理事長北海道大学名誉教授。テイカ製薬代表取締役会長。
== 来歴・人物 ==
3代目金岡又左衛門(元富山相互銀行社長)の長男として、富山県上新川郡新庄町(現・富山市)で生まれる。
旧制富山高等学校から東京大学薬学科に進学する。富山高校時代の同級生には、中沖豊元富山県知事らがいた。また、薬学科3年次から、大学院生活は、姉と結婚していた金岡幸二宅に同居し世話を受けた。
文部省国立大学薬学科を増設する方針に踏み切ったため、父の反対を押切り、恩師の推薦を得て、未知の大地であった北海道に渡り、新設となった北海道大学医学部薬学科に赴任する。
同大学は旧帝国大学であるため、それなりの環境下にあるものとして赴任するも、その研究環境はソフト、ハードとも惨憺たるもので、悪戦苦闘する日々が続いた。
1959年3月 東京大学 薬学博士 学位論文の名は「ロビンソン脱水素反応による含窒素縮合環化合物の合成」〔博士論部書誌データベース〕。
そのような中、1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)にかけては、アメリカ国立健康研究所において留学生活を送り、帰国後は、共同研究により生体内の重要基である「チオール」や、神経伝達機構の解明などに取り組んだ。

その後、薬学部長等を歴任し帰郷。父が創設した富山女子短期大学教授に就任。
1993年(平成5年)、義兄・金岡幸二の急逝に伴い、それまで家長として幸二が担っていた第一薬品、テイカ製薬、富山国際学園の経営に携わることとなった。
現在は、第一薬品のテイカ製薬との合併、富山国際大学の学部再編等に取り組んでいる。
実弟に富山第一銀行代表取締役会長を務める金岡純二がいる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「金岡祐一」の詳細全文を読む




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