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長井貞広 : ミニ英和和英辞書
長井貞広[ながい さだひろ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おさ]
 【名詞】 1. chief 2. head 
: [い]
 【名詞】 1. well 

長井貞広 : ウィキペディア日本語版
長井貞広[ながい さだひろ]
長井 貞広(ながい さだひろ)は、大江姓長井氏の人物。鎌倉時代南北朝時代に一人ずついる。
== 長井貞広 (鎌倉時代) ==

長井 貞広(ながい さだひろ)は、鎌倉時代後期の武将長井時秀の子で長井宗秀の弟〔。
文永8年(1271年)に生まれ〔没年齢からの逆算による。〕、のち元服時に執権北条貞時より偏諱を受けて貞広と名乗る。延慶元年(1308年)9月〔『歴代皇紀』徳治3年(同年)9月3日条「東使長井備前左近大夫入道洞淵」、『続史愚抄』延慶元年9月2日条「関東使左近大夫入道道潤」。法名に違いはあるが、細川重男はいずれも左近将監であった貞広としている(細川、2000年、巻末基礎表P.93-94)。〕、同3年(1310年)10月〔『鎌倉大日記』(生田美喜蔵氏所蔵本)裏書・延慶3年条「長井左近大夫入道」、『元徳二年三月日吉社並叡山行幸記』(所収:『群書類従』帝王部)「長井左近大夫入道々漸」。法名が異なっているが、細川重男はその通称から貞広に比定している(細川、2000年、巻末基礎表P.93-94)。〕に東使として上洛、この段階では既に出家していたようである。正和3年(1314年)には政所執事の補佐となる〔『武家年代記』正和3年条「長井備前左近大夫将監入道道衙被相副行暁」。法名が異なっているが、細川重男はその通称から貞広に比定している(細川、2000年、巻末基礎表P.93-94)。〕。元亨3年(1323年6月13日、53歳で死去〔『常楽記』同日条に「長井将監入道他界五十三。道衍」とあり、細川重男はこれを貞広に比定している(細川、2000年、巻末基礎表P.93-94)。〕。
尊卑分脉』に「玉葉風雅等作者」とあり、歌人でもあったようである。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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