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門田 隆将(かどた りゅうしょう、1958年 - )は日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。本名は門脇 護(かどわき まもる)。 == 来歴 == 高知県安芸市出身。1978年3月、土佐中学校・高等学校、中央大学法学部政治学科卒業後、1982年4月、新潮社入社。『週刊新潮』に配属され、記者、デスクを経て編集次長に就任。政治、経済、歴史、事件など、さまざまな分野で同誌の中核記事を担当する。酒鬼薔薇事件では被害者遺族の手記を発掘するなどした〔BOOKSCAN × 著者インタビュー ジャーナリスト 門田隆将 〕。 その後、副部長に昇進。2002年10月から『週刊新潮』に「裁判官がおかしい!」を連載、後にそれを大幅に加筆して『裁判官が日本を滅ぼす』を新潮社から刊行している。同書では、小野悦男が1996年に殺人容疑で逮捕されて有罪が確定した足立区首なし殺人事件について、以前に逮捕されていた松戸OL殺人事件を逆転無罪とした東京高裁の裁判官を「無罪病」と非難している〔『裁判官が日本を滅ぼす』 「第1章 小野悦男を解き放った無罪病裁判長の責任」 〕。 新潮社勤務のかたわら講談社から発表した『甲子園への遺言』が第16回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞、NHK土曜ドラマ『フルスイング』(主演・高橋克実)としてドラマ化された。 2008年4月、新潮社を退社し独立。2008年7月、光市母子殺害事件遺族の本村洋を描いた『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』を刊行。同作品を原作とするWOWOWのドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」(主演・江口洋介)は、2010年度文化庁芸術祭賞ドラマ部門の大賞を受賞した。 2009年10月、1949年の古寧頭戦役で中国国民党軍に協力した日本の軍事顧問団関係者の子孫と共に台湾の金門島を訪問。60周年の戦没者慰霊祭などに参加した。2010年9月、同戦役における日本側軍事顧問の一人として活動した根本博を描いた『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で第19回山本七平賞受賞。また、門田が同書で明らかにした蔣介石が根本に贈った「花瓶」が、2011年、日台友情の証(あかし)として根本家によって台湾に返還されることが決まったと報道された〔読売新聞2011年1月5日付〕。台湾でも同書の翻訳本『為義捐命』が発売された〔久しぶりに爽やかなニュース 門田隆将オフィシャルサイト ブログ「夏炉冬扇の記」 2011.05.09〕。 福島第一原子力発電所事故後の状況を現地で取材。『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(2012年)、『記者たちは海に向かった―津波と放射能と福島民友新聞』(2014年)を刊行した。2014年5月、朝日新聞が福島第一原発の吉田昌郎所長が政府事故調の聴取に応じた「吉田調書(聴取結果書)」を独占入手したとして「所員の9割が吉田所長の命令に違反して撤退した」と報道したことに対して、「これは誤報である」とブログ〔お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事 門田隆将オフィシャルサイト ブログ「夏炉冬扇の記」 2014.05.31〕で指摘した。その後、週刊誌(『週刊ポスト』6月20日号、『週刊新潮』9月18日号)、写真誌(『FLASH』6月24日号)、月刊誌(『Voice』8月号・11月号、『正論』8月号・10月号)、『産経新聞』8月18日付朝刊〔門田隆将氏、朝日新聞抗議に「全く的外れ!」「自らの姿勢を問い直してほしい」 産経新聞〕等で批判の論陣を張った。一方、朝日新聞は門田の論評に対して「訂正謝罪」の要求と「法的措置を検討する」との抗議書を複数回送付したが、逆に9月11日、木村伊量社長が記者会見を開いて、当該の「吉田調書」記事を全面撤回し、謝罪した〔「吉田調書」の記事めぐり、朝日新聞・木村社長が会見 朝日新聞デジタル 2014年9月11日〕。門田は11月に出版した『「吉田調書」を読み解く 朝日誤報事件と現場の真実』で、その経緯を綴った。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「門田隆将」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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