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関口 祐加(せきぐち ゆか 1957年5月 - )は、日本の映画監督。横浜市出身。 http://www.nygalsfilms.com == 来歴 == 国際商科大学卒業後、20歳代前半でオーストラリアに渡り、オーストラリア国立大学大学院で国際関係論を学ぶ。この時期に映画と運命的な出会いをする。1989年、本名の関口典子の名前で第1回監督作品「戦場の女たち」(英題:SENSO DAUGHTERS)でデビュー。この作品(英語版)が海外で高く評価され、メルボルン国際映画祭ドキュメンタリー部門グランプリ、サンフランシスコ国際映画祭ベスト・ドキュメンタリー歴史部門など数多くの賞を受賞する。 1992年に『When Mrs. Hegarty Comes to Japan』(日本未公開)を監督。この作品は、オーストラリア・メディア賞審査員賞、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭の観客賞を受賞する。アン・リー監督からコメディのセンスを絶賛され、この作品以降コメディ・ドキュメンタリー作品を目指す。 その後もオーストラリアの大学や映画学校で映画制作を教えながら、2007年に自分自身を被写体にして撮った『THE ダイエット!』(原題:FAT CHANCE)を発表。この作品は、オーストラリアのTV局SBSのその日の最高視聴率を叩き出した。2009年度全米ライブラリー協会賞を受賞。 2009年9月より認知症の疑いのあった母親を被写体に自ら撮影を開始し、YouTubeに動画としてアップし始める。2010年1月、29年ぶりにオーストラリアより帰国し母との抱腹絶倒な介護生活が始まる。同年5月、母親が、アルツハイマー病と診断される。母親の新作は、『此岸(しがん)、彼岸』(仮題)として始動。 2011年3月、製作会社NY GALS FILMSを大先輩の渋谷昶子監督とともに起ち上げる。同年12月、制作/配給会社シグロが、制作協力•配給に決まる。 2012年1月12日、新作のタイトルを宣伝会議で変更。新しいタイトル『毎日がアルツハイマー』(略称「毎アル」)は、当時12歳の息子が、気に入り、最終的に決定された。「毎アル」は、2012年7月14日に公開以来、大ヒットロングランとなり、今も上映が続く。 2013年5月に『毎日がアルツハイマー・続編』(仮)製作が、決定。2014年1月『毎日がアルツハイマー2〜関口監督、イギリスへ行く編』が、完成した。「毎アル2」は認知症ケアの真髄【パーソン・センタード・ケア】を知るべく、その発祥地であるイギリスへ飛び、撮影を敢行した。同年7月19日より公開され、公開映画館にて5000人を動員した。 2015年年明けより、いよいよ「毎日がアルツハイマー〜ファイナル」が始動。 2012年4月〜2013年1月津田塾大学非常勤講師。卒業制作を担当した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「関口祐加」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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