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関源吉 : ミニ英和和英辞書
関源吉[せき げんきち]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [せき, ぜき]
 (suf) honorific added to names of makuuchi and juryo division sumo wrestlers
: [みなもと, げん]
 【名詞】 1. source 2. origin 

関源吉 : ウィキペディア日本語版
関源吉[せき げんきち]
関源吉(せき げんきち、1856年安政3年) - 1925年大正14年)2月25日)は、明治大正時代の囲碁棋士江戸の生まれ、本因坊秀和門下、方円社などに所属、五段。各地遊歴などで後進指導に尽力した。
==経歴==

===生い立ち===
祖父の保兵衛は、本因坊元丈門下で初段。父の源次郎は秀和門下で三段、1906年明治39年)77歳で没。源吉は8歳の時に父から碁を学ぶび、11歳の時に当時初段の父に井目で勝ったことで、翌年秀和に入門した。この時点で秀和の長男の秀悦には八子、三男の秀元には互先だったが、年の近い秀元には先二にまで打ち込まれることもあり、村瀬秀甫伊藤松和中川亀三郎海老沢健造らに教授を受けて、翌年の1868年に初段格に達する。しかし明治維新の難を避けて江戸を離れ、母方の郷里川越に移る。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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