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京阪神快速(けいはんしんかいそく)では、かつての鉄道省・日本国有鉄道(国鉄)および現在の西日本旅客鉄道(JR西日本)が、京阪神地区の東海道本線・山陽本線で運行している快速・新快速、ならびに前身である急行電車(関西急電)について、歴史に重点を置いて記述する。 なお本項では、JR西日本による愛称路線名設定(1988年3月13日)以降の出来事については、北陸本線米原駅 - 長浜駅間と東海道本線米原駅 - 京都駅間については琵琶湖線、東海道本線京都駅 - 大阪駅間をJR京都線、東海道本線大阪駅 - 神戸駅間と山陽本線神戸駅 - 姫路駅間についてはJR神戸線で記述する。 == 概要 == 京都・大阪・神戸の関西3大都市を結ぶ東海道・山陽本線は、1934年の吹田駅 - 須磨駅間の電化により、電化前に運転されていた京阪神間区間運転の快速列車及び普通列車を継承して、「急行電車」と「緩行電車」(京阪神緩行線)が運行されるようになった〔京阪間区間運転の列車は、京都駅までの電化延伸時まで残存。〕。この急行電車は大阪駅 - 神戸駅間を結ぶ電車であったが、1937年10月の京都駅 - 吹田駅間の電化により、運転区間が京都駅まで延伸された〔阪神間及び京阪間の電化時に、それまで中間の各駅に停車していた客車普通列車は、その役目を京阪神緩行線に譲って三ノ宮駅–大阪駅間及び大阪駅–京都駅間を無停車扱いとしたことから、京阪神間ではこれらの列車も急電・快速の補完的な役割を担うようになった。ただし、客車普通列車は、急電・快速の停車駅である元町駅(1957年9月以降は、芦屋・高槻の両駅も加わる)を通過していた。〕〔須磨駅–明石駅間の電化時には、客車普通列車は神戸駅–明石駅間で、兵庫駅・須磨駅以外は通過扱いとした。〕。急行電車は太平洋戦争激化による戦時体制強化によって、1942年11月に一旦廃止されるが、戦後1949年4月に京都駅 - 大阪駅間で復活、6月には戦前同様神戸駅までの運転が再開された。1956年11月の米原駅 - 京都駅間の電化(東海道本線全線電化)までは京都駅–神戸駅間で運転されていたが、この米原駅までの電化と1958年の姫路駅までの電化によって運転区間が東西に拡大され、その後も電化区間の西進と客車普通列車の電車化によって運転区間が広がったことから、これまで担っていた京阪神緩行線との並走区間での速達列車としての役割に加え、中距離列車としての性格も帯びるようになった。この間の1957年9月には、「急行電車」の名称が運転区間の延長に伴って、既存の「急行列車」や「準急列車」との間で矛盾を生じたことから、名称を「快速電車」に変更した。その後現在に至るまで幾度か運転区間・運行形態の変更はあったが、基本的には、1964年の113系投入時点での運転区間(東端大垣駅–西端上郡駅・播州赤穂駅)の運行形態が踏襲され現在の快速の元となっていたが、大垣駅 - 米原駅の直通は2015年3月26日をもって廃止され現在に至っている。 やがて快速の停車駅の増加に伴い、京阪神の連絡の面ではサービスが低下し、また上記の区間外では各駅停車のために時間を要した。そのため上記区間ではより停車駅を少なく、その区間外でも快速運転を行う新快速が誕生した〔『鉄道ジャーナル 2000年7月号』 鉄道ジャーナル社、p.39〕。 京阪神間は以前より私鉄が運転本数や乗客誘致施策などで優位に立ち、「関西は私鉄王国」といわれていた。特に距離の長い京阪間では、阪急電鉄(阪急)・京阪電気鉄道(京阪)が転換クロスシートを持つ特急料金不要の特急専用車を京阪間を無停車で運転していた。新快速の登場は平行する私鉄との乗客獲得競争によるものであったが、高い運賃(特に1976年11月の運賃値上げ以降)などにより私鉄に対して優位に立つことはできなかった。しかしJR西日本発足後は大都市圏輸送の改善に熱心に取り組むようになり、複々線の有効活用が可能になったことによる柔軟なダイヤ編成や、新型車両の積極的な投入、運転区間の拡大などを行い、並行する私鉄は一転して防戦に追われるようになった(#並行私鉄との競争を参照)。 2016年3月26日現在、東海道・山陽本線系統の快速・新快速は、西は上郡駅・赤穂線播州赤穂駅まで、東は米原駅まで、北は北陸本線敦賀駅(福井県)まで運転されている。 「京阪神快速」の名称は、ほかの運行系統と記述を区別するときに用いられることがある〔「京阪神快速電車の主力 223」『鉄道ジャーナル』2008年9月号、p.24-26、寺本光照「関西圏サロものがたり」『鉄道ピクトリアル』2008年5月号 No.803、p.50-59、『鉄道ファン』2010年7月号、p.71など。〕が、実際の旅客案内に用いられるものではない。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「京阪神快速」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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