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阪鶴鉄道1号形蒸気機関車 : ミニ英和和英辞書
阪鶴鉄道1号形蒸気機関車[くるま]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [つる]
 【名詞】 1. crane (bird) (Gruidae family) 
: [てつ]
 【名詞】 1. iron 
鉄道 : [てつどう]
 【名詞】 1. railroad 
: [ごう]
  1. (n,n-suf) (1) number 2. issue 3. (2) sobriquet 4. pen-name 
: [けい, かたち, ぎょう]
  1. (suf) shape 2. form 3. type
蒸気 : [じょうき]
 【名詞】 1. steam 2. vapour 3. vapor 
蒸気機関 : [じょうききかん]
 (n) steam engine
蒸気機関車 : [じょうききかんしゃ]
 (n) steam locomotive
: [げ, き]
  1. (suf) (uk) seeming 2. giving the appearance of 3. giving one the feeling of
: [き, はた]
 (n) loom
機関 : [きかん]
 【名詞】 1. (1) mechanism 2. facility 3. engine 4. (2) agency 5. organisation 6. institution 7. organ 
機関車 : [きかんしゃ]
 【名詞】 1. locomotive 2. engine 
: [せき, ぜき]
 (suf) honorific added to names of makuuchi and juryo division sumo wrestlers
: [くるま]
 【名詞】 1. car 2. vehicle 3. wheel 

阪鶴鉄道1号形蒸気機関車 ( リダイレクト:摂津鉄道1号形蒸気機関車 ) : ウィキペディア日本語版
摂津鉄道1号形蒸気機関車[け215]
1号形は、摂津鉄道が蒸気鉄道への転換時に導入した、タンク式蒸気機関車である。なお、この呼称は、同社では機関車に形式称号を付与していなかったため、便宜的に付したものである。
== 概要 ==
1893年(明治26年)の摂津鉄道の蒸気鉄道への転換用に、スイススイス・ロコモティブ・アンド・マシン・ワークス(SLM)で4両を製造(製造番号 834 - 837)した、軌間762mm、外側式台枠車軸配置0-6-0(C。軸距は1,100mm+1,000mm)、運転整備重量8.6t、2気筒単式の飽和式ウェルタンク機関車である。摂津鉄道では、製造番号順に、1 - 4と付番した。
弁装置は、クルーク式と呼ばれるジョイ式と同様のラジアルギア方式の一種で、日本では非常に珍しい方式である。主連棒の大端は、上方少し前にずらして取り付けられていた。また、主動輪は第2動輪であり、そのせいかシリンダーは1/6という急角度で高位置に設置されている。蒸気ドームは円筒形で、天板はネジ止めされており、平らな頂部には安全弁が設けられている。砂箱は蒸気ドームの後部に箱型のものが設けられた。
摂津鉄道は、1897年(明治30年)2月に阪鶴鉄道に譲渡され、本形式はそのまま阪鶴鉄道に籍を移した。旧摂津鉄道の鉄道路線のうち、本線部分は1897年(明治30年)12月に軌間1,067mmに改軌され、さらに翌1898年(明治31年)6月に残りの支線部分は軌間762mmのまま、孤立区間となった。この時点で本形式の運用は2両で十分となり、あとの2両は他社に譲渡されたと思われる。1901年(明治34年)、支線部分も東海道本線との立体交差化工事、及び改軌のために休止された。これにより阪鶴鉄道に残っていた本形式2両も運用を終了し、他社に譲渡されたと思われる。この結果本形式は、1897年に譲渡された2両と1901年に譲渡された2両で、別の運命を辿ることになったようである。
本形式のうち3, 4(製造番号 836, 837)は、長崎県の関西採炭松浦炭坑に譲渡され、番号もそのまま使用された。松浦炭坑は、その後所有者を転々としたが、1930年ごろには岡本彦馬の所有となり、その専用鉄道1933年(昭和8年)8月16日付けで佐世保鉄道に買収されて同社の世知原線となり、本形式も同社の籍を得ることになった。ただし、佐世保鉄道籍となったのは4のみで、佐世保鉄道では、14と称した。もう1両の3は、それまでの間に事故で破損し、廃車となったらしい。しかし、その3の運転室部分は、ボールドウィン製の車軸配置0-6-0タンク機(後の佐世保鉄道13→鉄道省ケ600)に移植されている。
1936年(昭和11年)10月、佐世保鉄道が国有化されたため、本機は鉄道省に籍を移し、ケ215形ケ215)と改番された。用途は、国有化前から世知原駅での入換で、1938年(昭和13年)にケ600が廃車になると、その代機として臼ノ浦駅に移転した。しかし、1939年(昭和14年)には東唐津に転属し、据え置きボイラー代用とされた。廃車は1944年(昭和19年)5月で、処分は解体であった。
なお、阪鶴鉄道1, 2については、何処かに譲渡されたものと思われるが、その行方は判明していない。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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