翻訳と辞書
Words near each other
・ 阿史那キン
・ 阿史那伏念
・ 阿史那元慶
・ 阿史那弥射
・ 阿史那彌射
・ 阿史那忠
・ 阿史那思摩
・ 阿史那懐道
・ 阿史那斛瑟羅
・ 阿史那昕
阿史那歩真
・ 阿史那氏
・ 阿史那泥孰匐
・ 阿史那献
・ 阿史那皇后
・ 阿史那社爾
・ 阿史那結社率
・ 阿史那菴羅
・ 阿史那賀魯
・ 阿史那骨咄禄


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

阿史那歩真 : ミニ英和和英辞書
阿史那歩真[まこと, しん, ま]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ほ, ふ]
 【名詞】 1. a step 2. a stride 3. counter for steps 
: [まこと, しん, ま]
  1. (adj-na,n) (1) truth 2. reality 3. genuineness

阿史那歩真 : ウィキペディア日本語版
阿史那歩真[まこと, しん, ま]
阿史那 歩真呉音:あしな ぶしん、漢音:あしだ ほしん、拼音:Āshǐnà Bùzhēn、生没年不詳)は、の軍人で、西突厥可汗阿史那弥射の族兄。
== 生涯 ==
貞観6年(632年)、莫賀咄葉護(バガテュル・ヤブグ:官名)の阿史那弥射が唐より奚利邲咄陸可汗(イルテベル・テュルク・カガン)を拝命し、鼓纛・綵帛万段を下賜された。その族兄である阿史那歩真は自立して可汗となることを欲し、阿史那弥射の弟や姪など20数人を謀殺した。これによって阿史那弥射は阿史那歩真と敵対し、貞観13年(639年)に所部の処月処密の部落を率いて唐に亡命し、右監門大将軍を授った。その後、阿史那歩真は遂に自立して咄陸葉護(テュルク・ヤブグ)となったが、部落の多くが従わなかったので、別の者(阿史那賀魯)に委ねて遁去した。阿史那歩真もまた唐に入朝し、左屯衛大将軍を授かった。
顕慶2年(657年)、高宗の命で阿史那弥射と共に阿史那賀魯を討伐すると、阿史那歩真は継往絶可汗〔「以前に絶えたものを継承する可汗」の意。〕を授かり、右衛大将軍・濛池都護を兼ね、五弩失畢部落を分けて統領した。
龍朔2年(662年)、また阿史那弥射と共に、䫻海道大総管の蘇海政に従って亀茲を討った。ここで阿史那歩真は阿史那弥射の部落を併せることを欲し、蘇海政に「阿史那弥射が謀反を企んでいる」と偽りの報告をして阿史那弥射を誅殺させた。これにより阿史那歩真は驃騎大将軍を加えられた。
乾封年間(666年 - 668年)に阿史那歩真が死ぬと、子の斛瑟羅が後を継いだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「阿史那歩真」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.