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『隠された十字架』(かくされたじゅうじか)は、哲学者・梅原猛が著した評論。副題に「法隆寺論」とあるように、法隆寺に関して論じている。雑誌『すばる』(当時は季刊誌)に3回にわたって連載され、1972年(昭和47年)5月に新潮社から単行本が出版された。 == 概要 == 法隆寺は仏法鎮護のためだけでなく、聖徳太子の怨霊を鎮魂する目的で建てられたと主張する。その大胆な仮説に説得力を持たせるため、様々な古典や史料、論考などを論拠として提示する。 梅原猛は「たたりの条件」として、 #個人で神々に祀られるのは、一般に政治的敗者が多い。 #且つそのとき、彼らは無罪にして殺害されたものである。 #罪無くして殺害された者が、病気や天災・飢饉によって時の支配者を苦しめる。 #時の権力者はその祟りを鎮め自己の政権を安泰にする為に、祟りの霊を手厚く葬る。 #それとともに、祟りの神の徳を褒め讃え、良き名をその霊に追贈する。 といった公式を与え、聖徳太子がこの条件を満たしているとする。その上で、法隆寺の建造目的が聖徳太子の怨霊鎮魂の為であるとする可能性について論を展開していく。 梅原猛の法隆寺論においてもう一つ着目すべき特徴は、蘇我氏を排して政治的実権を握った藤原氏が歴史を掌ったとし、『日本書紀』の実質的な著者が藤原不比等(不比等は史人に通ずるとする)と論じている所と言える。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「隠された十字架」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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