|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 雪 : [ゆき] 【名詞】 1. snow ・ 野 : [の] 【名詞】 1. field ・ 富 : [とみ] 【名詞】 1. wealth 2. fortune ・ 子 : [こ, ね] (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)
雪野 富士子(ゆきの ふじこ、本名:石川富士子〔『寳塚歌劇少女の生活』河原蓬著、育文館書店、1922年11月25日、P5〕、1905年(明治38年)12月25日〔『歌劇』、宝塚少女歌劇団、1933年1月、154号〕〔『寳塚物語』平井房人著、少女畫報社、1933年8月15日、P128〕 - 1939年(昭和14年)8月〔『葦笛』葦原邦子著、秋豊園出版部、1940年1月1日、P51〕)とは元宝塚少女歌劇団雪組主演男役クラスの人物である。京都府京都市出身〔『寶塚の歌劇少女』橋詰せみ郎著、新正堂書店、1923年12月5日、P60〕。愛称は石川さん〔『わが青春の宝塚』葦原邦子著、善本社、1979年3月8日、P123〕。 この芸名は小倉百人一首の第4番:山部赤人の『田子之浦に 打出て見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ (たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ)』から命名された。 ==略歴== * 1917年(大正6年)、宝塚歌劇団5期生として宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)に入団。 * 1926年(大正15年)、宝塚少女歌劇団を退団。 * 1927年(昭和2年)7月、宝塚少女歌劇団に21歳で復帰して雪組に配属される。 * 1934年(昭和9年)5月1日、宝塚少女歌劇団を28歳で退団。 * 1939年8月、33歳で逝去〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「雪野富士子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|